幕別町図書館


                                                              
                                                                          漂着日 2012年8月

来道5日目を迎えた。連日快晴、そして連日凄まじく暑い。これでは内地と変わ
らず涼を求めてやって来た旅行者は話が違うとぼやきたくもなるだろう。
 北海道というと夏も涼しいというイメージがあり、それも間違ってはいないけ
どしょっちゅう来ていた私の体験から言うと暑い時も結構ある。35度超の気温が
何日も続いたこともあったし、炎天下自転車走らせていたら汗が乾いて塩となり
肩先がうっすらと白い粉まぶしたようになったこともある。その時はこれ幸いと
自らの躰ぺろぺろ舐め、塩分自給自足しつつ走り続けたものだ。
 だから暑い北海道もそれほど不思議でもないし、さほど暑さを苦にする人間で
もないので、むしろ晴天続きをありがたく思っている。
 とは言うものの本当に暑い。今年の暑さは確かに異常。私の体験から言うと、
北海道では例年お盆を過ぎれば吹く風は涼しく、雲の気配も変わり、朝晩の冷え
込みと共に季節の移ろい知ることとなる。そしてその頃には周りから旅人も1人
去り2人去りして寂しさも増し「今年の夏も終わるなあ。俺もそろそろ帰るか」
などと旅の終わり感じたものだ。
 それが今年はただひたすら真夏が続いている。近年日本は温帯から亜熱帯の国
へと移りつつあるなどと言われるが、温暖化が北の大地も呑み込んできたという
ことか。

 と、2012年夏の暑さを枕にふった今回訪ねたのは十勝地方の中核帯広市の東隣
に位置する幕別町の図書館である。前回の士別市立が図書の購入数などからきら
りと光るものがあるのではないかとの期待から行ったのに対し今回の幕別は開い
てるのが此処しかなかったという事情からやって来た。
 実はこの日月曜日でコース上の町にある図書館は軒並み休館日。唯一開いてい
たのが火曜休館の此処幕別で、図書館訪問に他の選択肢はなかったのだ。
 と書くと身も蓋もない話になってしまうが、決して仕方なしに来たというので
はない。出発前月曜開いてるトコはないかなと調べていて幕別町図書館に辿り着
いたのだが、そのHPを見ると色彩豊かでセンスも良く、天気予報が載っている
など毎日更新している気配もあり、これは熱心に活動している図書館ではないか
と期待させるものも十分あった。
 まあ帯広市立図書館が開いていれば其方を選び幕別は素通りとなったことは間
違いないが。これも士別へ足を伸ばしたことで日程が1日ずれたからで、士別が
幕別との縁を繋いだと言えようか。

 この日も空は晴れ渡っている。宿を取った美瑛から富良野線ー根室本線と繋い
で 11.28帯広到着。乗った時は普通だが、富良野から快速狩勝に変身して帯広ま
で行くというトリッキーな列車だったので乗り換えなしに1本で行けたが、富良
野で29分の停車時間があり、こういう場合は昔から躊躇わず外に出て街歩きする
ことにしてるので荷物持って一旦下車。駅周辺を一回りしてきて再乗車したので
実質乗り換え1回か。

 さて久しぶりの帯広。北海道の中でも結構好きな街で、ひと夏をこの街で過ご
すのもいいな――冬は御免だが――と思ったこともあった。前回(2001年)も来
たが、その時は自転車で更にその前(1996年)も自転車だったので帯広駅に降り
るのは18年振りくらいとなるか。懐かしい。ただ駅は建て替わり、昔の面影は全
くない。昔は広尾線、士幌線、池北線が乗り入れていてホームが何面も並び、改
札前や地下通路では人の流れが交錯しと雑踏の活気があり、停車場といった趣き
強かったが、今は商業施設の上に駅が乗っかってるといった感じか。見栄えよく
機能的ではあるが、旅する者の情感に響くものはない。

 この日は完全移動日にして先へ進むという選択もあったが、帯広市立図書館は
規模もあり、力量もありそうなので見ておきたく帯広泊まりにしていた。また午
後はたまには図書館離れ、レンタサイクルして市街から近郊と十勝平原の緑野を
走り回って過ごすという案も浮かんだが「開いているんだし」とやはり図書館選
択。幕別へ行ってくることにした。

 幕別町は上にも記したが帯広の東隣、十勝川の南岸に広がる町である。機械化
による大規模農業が中心産業だが帯広のベッドタウンとしての性格も持つ。町な
がら人口2万7千人いて、人口減少に悩む多くの自治体尻目に2000年代に入って
も毎年数十人から 100人程度の増加がみられ、衰退とは無縁であるらしい。町名
は北海道らしくアイヌの呼称マクベインからで、その意は「山際を流れる川」と
のことである。

 帯広から根室本線で更に東へ3つ目の幕別駅に降りたのは炎熱の昼下がり。暑
さには強いと自信持ち陽の光浴びるのも好きな人間だが、南国さながら強烈に照
りつけるこの陽射しはいささか持て余し気味ではある。
 幕別駅頭に立つといきなり目に飛び込んできたのは<パークゴルフ発祥の地>
という看板。前回士別の稿で、いかにも北海道的な眺めだとパークゴルフに少し
触れたけど此処が発祥の地とは知らなかった。1983年広い年代で楽しめるコミュ
ニティスポーツはないかと模索していた幕別町教育委員会のスタッフ達が鳥取県
泊村で考案されたグラウンドゴルフを芝生の上でやってみた処具合よく、町内の
公園に6ホールのコース作って、そこから広めていったという。
 今では幕別町の売りになっていて、町の公式HP開くと冒頭に「パークゴルフ
とナウマン象のまち」とある。日本パークゴルフ協会も幕別町に本拠を置く。
 因みにナウマン象は2万年ほど前まで日本に生息していたとされる太古の象だ
が、2006年合併した旧忠類村で1969年に化石が発掘されていて記念館も建てられ
るなど忠類村のシンボルであった。合併した新幕別町もそれを引き継いだ形だが
この辺りは旧忠類村に気を遣っているのだろう。

 図書館は駅から5~6分。役場などがある町の中心部とは反対側の緑豊かな駅
裏地域にある。さすがは北海道と言うべきか、敷地は広々とし芝生で覆われてい
る。独立館で建物は平屋だが臙脂の煉瓦壁を見せる瀟洒なもの。アカデミックな
雰囲気醸し出している。
 さて中へ。エントランスホールに「研修室とお話しコーナーに冷房が入りまし
た」と掲示がある。クーラー使い始めたことをいちいち告知するのか。それにし
てもこの暑さでもまだ全館冷房とはしていないようで、よっぽど厳しい節電指令
が出されているとみえる。北海道民暑さに弱いのに大丈夫なんだろうか。
 入ると右手に児童コーナーがあり、左の通路を入って行くと奥に研修室がある
ようだ。真直ぐ進めば一般図書のエリアとなり、左側にカウンターがある。この
時カウンターには女性が1人。「女の子」言ってもいいくらいの若いスタッフだ
った。告知の通り冷房は入ってないようで、窓は開け放たれ扇風機が何台か回っ
ている。館内利用者は疎らである。
 一般書エリアは20数m×20m位か、ほぼ矩形とあって無駄(遊び)のないオー
ソドックスな空間となっている。入口側から行くと手前に新聞雑誌コーナー(16
席)があり、その奥に書架の列。そして西と南2面の窓際に閲覧席が設けられて
いる。4人用5卓、仕切りライト付きの1人掛け4卓に10人が座れる大テーブル
もある。それと書架の側板背にするスツール席が6。更に児童コーナーと一般コ
ーナーの境目の窓際にファミリーコーナーと称する一画があり7席ある。このコ
ーナーの狙いは判らない。大人と子供が一緒にいられるのは此処だけ、とはまさ
かなってないだろうが。

 先ず新聞でも読むかと一紙抜いて席に就いたが、いや本当に暑い。平屋の建物
故か陽射しが熱気となって屋根も天井も突き抜け室内に侵襲してきているかの状
態ではある。一つには外気取り込むことより冬場の保温重視しているので、窓が
小さ目ということもあり熱気が籠ってしまっているということもあるようだ。
 これでは子供や高齢者が熱中症になってしまうではないか。なんで冷房入れな
い?とカウンターに目をやると、先程の女性は顔を上気させややぐったりという
様子で座っている。やはり道産子(だろう)だけにこの暑さの中座っているだけ
でも大変とみえる。なにしろ北海道開拓の時代は遠く、道民も今や3世(もう高
齢のはず)4世、5世の代になっていて、寒冷地の3代目ともなると汗腺の数も
少ないなど暑さに弱い体質になると言われているからこの女性も北国仕様で生ま
れてきているのだろう。
 それにしてもこれでも冷房入れないとはよほど厳しい節電指令が出ているとみ
える。東日本大震災とそれに続く原発事故により未曽有の電力危機が起こったの
は前年のことだった。特に東京電力管内の首都圏は一部で計画停電が実施される
などまさに綱渡り状態で大混乱きたしたが、それを契機として官民挙げての猛烈
な節電運動が展開され、それは年を越えた2012年も緩やかになったとはいえ続い
ている。
 
 北海道では震災による電力危機は特になかったと思うが、原発の安全性への疑
義が高まったことで国内総ての原発が運転停止に追い込まれ、北海道電力泊原発
も12年5月から休止している。その為需給が逼迫し、旅行者の私は気が付かなか
ったが、行政レベルで相当な節電キャンペーン展開されているのだろうか。
 もちろん節電自体は悪いものではない。元々日本では過剰な電力消費が常態化
していたから(人工衛星から地球を撮った画像を見ると日本の明るさは図抜けて
いた)適切に節電して省資源に努め、地球環境の維持へと繋げることは大切に決
まっている。
 ただ北海道へ出てくる少し前に久し振りで墨田区生涯学習センターの各種情報
が閲覧出来る部屋へ行った処何と照明の7割を間引いていたので薄暗く資料も読
みづらいということがあり、センター長摑まえて「やりすぎじゃない」と是正申
し入れた一幕あったのだが、このように官公署などで此処までやってますとアピ
ールするためか――節電が足りないと突っ込まれるのを怖がってという面もある
のだろう――オーバーなほど照明間引いたり暖房セーブしたりとアホじゃないか
と言いたくなる例も散見され閉口させられる。
 此処もその口か。多分職員が冷房入れるにも相当なプレッシャー掛かるのだろ
う。さすれば此処は来館者が後押しすべき処か。
 と思い至ってカウンターへ赴き、そこは住民でもないので穏やかに「冷房は入
れないのですか」と訊いてみた。館員の女性はちょっと不思議そうに私を見上げ
(初めて見るけどこの人誰?質問の意味は何?といった処か)どう答えるべきか
少し迷った風であったが、微妙な間合いの後「冷房は研修室とお話しコーナーに
入ってますので」と玄関の掲示通りの答を返し、尚戸惑いの表情で私を見上げて
いる。
 私としては「こんなに暑いのだから図書室にも冷房入れたらどうでしょう」と
続ける心算でいたのだが、この時「ああそうか」と閃くものがあり、短く「わか
りました」とだけ答えてそそくさと席へ戻り、何事もなかったかを装って再び新
聞へと取りかかった。
 そうか此処は北海道だったか。頻繁に来ていた北海道も11年振りとあって勘も
鈍ってしまっていたようだ。そうだった、北海道ではこのクラスの公共施設に冷
房の設備などない。夏が短く稼働させても1週間とか10日位の年もあるので装備
されてないのが北海道の常識ということをようやく思い出した。
 つまり此処も冷房を入れないのではなく、無いということか。そりゃそうだな
いくら節電申し合わせていてもこの暑さで冷房入れないなど有り得ないなと、遅
まきながら気が付いた。玄関の掲示も冷房を稼働させ始めたということではなく
この暑さで急遽クーラーを設置したことを報せる意味だったか。全館冷房は予算
とか工事の関係で無理だったのでせめて2台だけでも入れたのだろう。
 いや途中で気が付いてよかった。あのまま更に突っ込んでいったら恥かくとこ
ろだった。

 「188 ク」など分類は3次主体。ただ日本史は「210.4 イ」と4次、更に内科
学は「490.15 フ」と5次で並べられている。また783球技は、ラベルは3次だが
4次に即して競技別に並べられ野球、サッカー、バレーボール、ゴルフと見出し
札も入っている。
 小さな図書館だけに開架の冊数は少ない。367 家族問題が 約200冊、369 社会
福祉は2百4、50冊位か。日本史は約1000冊並ぶが、全集、シリーズ本が3~4
割占めている。その中に1965年~67年に掛けて刊行され当時日本中に一大歴史ブ
ーム巻き起こした中央公論社刊「日本の歴史」(全26巻別巻5)もある。私も高
校生の時に全巻読破して大いに勉強させてもらい、その後図書館でも当たり前の
ように焦げ茶色の装丁で並んでいるのを見てきたから懐かしい。さすがに最近で
は大抵書庫に入っていて見ることもなくなっていたが、此処ではまだ現役で並ん
でいた。此処にあるのは初版ではなく77年版だが、其れでももう35年とあって風
雪感じさせる様相となっている。

 それほど特徴のない図書館で、特に此れといって押せるものはないのだが、最
近私がその館の姿勢を見る指標としている料理がしっかり分類されているのは好
ましい。料理・お菓子と先頭の見出しが入り、料理エッセイなど/飲み物/つけ
もの/圧力鍋など/めん類/さかな/アウトドア/燻製/おせち・行事料理/た
れ・ソース・ドレッシング/その他おかず/健康料理/ごはんもの/洋食/アジ
ア料理/和食/べんとう/お菓子/和菓子/パンと分けられている。何処もこれ
くらいはやればいいのだが。

 町民文芸誌という冊子並べた一角があった。あかえぞ(陸別町)、文芸おとふ
け(音更町)、火葬(上士幌町)、ふんべ(池田町)、ふるさと(旧虫類村)、
市民文芸(帯広市)、沖積土(本別町)、樹炎(浦幌町)、峰炎(中札内村)な
ど20誌余りがずらずらと並んでいる。もちろん幕別もあり、町民文芸まくべつと
いうのが出ていた。
 最初は十勝では同人誌活動が盛んなのかと思ったが、見れば発行には各市町村
の教育委員会が関わっていて、どうも十勝総合振興局主導の官製文芸活動の如き
ものであるらしい。そういえば十勝管内の自治体一通りは揃っているみたいだ。
 官製の文学活動か、其処から何か生まれてくるかは疑問だが、難しく考えず生
涯学習の一環として捉えればいいのかもしれない。

 また「北の本箱」というコーナーもある。これは一言で言って寄贈本のコーナ
ーだが寄贈者には世に知られた人が並ぶ。
 1997年週刊朝日別冊として<現代ニッポンにおける人生相談>という特集本が
出されたのだが、そこに寄せられたジャーナリスト和多田実の増えすぎた蔵書の
保管と処理に対する悩みを目にした幕別町図書館関係者には閃くものがあった。
一方で蔵書を持て余し気味の人がいる。そしてもう一方には蔵書を増やしたくと
も予算が無くて思うにまかせぬ図書館がある。両者を繋げばお互いハッピーでは
ないかと。
 そこで蔵書を抱えていそうな世の作家、評論家といった人達に「幕別町が本を
お引き受けします」という手紙を送った処思いの外反響があり、次々本が送られ
てきたという。その数最新のHPでは延べ2万9千冊に上ると表示されている。
 本はそれぞれ寄贈者ごとの塊として配架されているので好み傾向といったもの
目の当りに出来る。近藤芳美(歌人)、森村誠一(作家)、福原義春(資生堂元
社長~会長にしてエッセイスト)、平田オリザ(劇作家)らの名が見える。

 約2時間滞在して15時過ぎに退館。カウンターには来た時と同じ女性がやはり
のぼせたような感じで座っていた。まだこの暑去りそうにない。「お疲れさんで
す」と胸の裡でつぶやいてきた。


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