市立士別図書館
漂着日 2012年8月
旭川駅を定刻16.26に発車した名寄行き 329D列車は旭川四条、新旭川、永山
と各駅に停まりつつ、鈍行らしくゆっくりと宗谷本線上を北へ向かって走る。
宗谷本線を北へ行くのも十数年振り。急行宗谷、急行天北そして夜汽車の利尻
か。あの頃は行く先に新たな出会いと充足感じられる日々が待っているかの思
いに胸膨らませつつ乗ってたなあと、暫し感慨に耽りつつ行く。
列車は上川盆地の緑野を行き、やがて上りに掛かって小説の舞台としても知
られる塩狩峠へ達する。旧石狩国と天塩国の境にあるのでこの名がついた標高
263mの小さな峠だが、ここが石狩川水系と天塩川水系の分水嶺であり、道南、
道東など北海道を4地域に区分けするうちの道央と道北の境界とされる。ただ
しこれは確定されているものではなく、地理的要因に重きを置くか、人の流れ
など経済活動を重視するか、はたまた北海道庁の行政機関である十勝支庁や網
走支庁といった支庁(2010年から総合振興局と名を変えている)の管轄範囲で
区切るなど諸説あり境界が曖昧な処も多い。
例えばさっき出てきた旭川を開拓時代は旧石狩国に属していたし北海道のほ
ぼ中央(旭川の東南50㎞の富良野市が地理的に中心とされ北海道のへそを自称
している)にあるのだから道央とする説もあれば、オホーツク海近くにまで広
がる上川支庁に属しているから道北の都市と捉える考えもある。
角川書店から出ている日本地名大辞典北海道編を開くと此処では道北を「北
海道中央部から北部にかけての広域称」と定義づけているが、道央との境界を
かなり南に取っていて上川支庁の旭川を明確に道北としているばかりか更に南
に位置する空知支庁管内の深川市、沼田町、雨竜町なども「道北に含まれる場
合が多い」としている。ただ北海道を何度も旅したことのある私の感覚では道
北には「最果て」といううら寂れたイメージが付いて回り、明るく垢抜けた都
市である旭川を道北と見るのはぴんと来ないものがあり、やはり塩狩峠境界説
が妥当ではないかと思う。
士別市へは塩狩峠を北に下り、和寒、剣淵と町を2つ過ぎれば到達する。旭
川からは約60㎞。明治30年代屯田兵による開拓から始まったという歴史を持つ
畑作、牧畜、林業が中心の1次産業の町である。特にサフォーク種の綿羊の畜
産に力を入れ「サフォークランド士別」を自称している。
着いたのは夕方6時に少し間のある頃、夏の空は未だ明るい。北海道へよく
来ていた頃も士別とはあまり馴染みはなく、汽車旅でも自転車旅でも通過ばか
りだった。ただ確か80年代に2度、オホーツク沿岸からのんびりと普通列車で
南下してきて、士別で後から来る急行天北を摑まえ旭川~札幌方面へ向かった
ことがあり、その折駅を起点に少しだけだが散策している。
その頃はまだ賑わいというものが感じられたが、今回降り立った士別駅前は
店舗などもほとんど見えず閑散としたものである。当時は駅前に金市館という
北海道地場の百貨店もあったのだが、もうその姿はない。
この寂しさも無理からぬことか。士別市の資料に拠れば最盛期の1960年には
45700人(旧士別市と合併した旧朝日町の合算)で1980年代にも32000人ほどあ
った人口が今では2万人余りと激減しているのだから。駅を背にして真っ直ぐ
延びるメインストリートを歩いてみたが、建物びっしりというのでもなく、や
たらと空間が目に付く。日本各地でシャッター通りなる過疎化の現象起きてい
るが、此処はその一歩先を行っているのだろうか。
200mほど行けば国道40号線にぶつかる。旭川と稚内を結ぶ幹線道路だが、北
へ行き、また南へ走りと自転車で何回か通った道でもある。交差点に立ち「あ
の夏此処を自転車で駆け抜けたんだなあ」と少しばかり感慨に浸ってみた。
踵返し予約してあった駅近くの旅館へ投宿。
さて私が士別へ来た目的だが、それはやはり図書館である。今回の旅のテー
マは久しぶりに北海道を鉄道で一巡りするのと、その合間に各所で図書館を訪
ねることだけで、名所、温泉、グルメなど観光的なことは欠片もない。
士別は当初コースからも外れていて、全く意識になかったのだが、北海道行
の計画練ってた春頃か、図書館で「日本の図書館・統計と名簿2010年版(2011
年2月発行)」をなんとはなしに眺めていたら其処に出ている士別市立図書館
のデータがそう悪くないことに目に留まった。延床面積も1910㎡あり年に6339
冊の図書を購入している。これがどの程度のものかというと、同じ巻に載せら
れた私が住む東京墨田区の当時の中央図書館であるあずま図書館が延床面積18
96㎡購入7890冊で、その下に載っている豊島区立中央図書館は延床面積3000㎡
購入8512冊だから購入冊数で東京23区の中央図書館と遜色ないと言える。
更にこれを住民1人当たりで見ると、士別市は合併した旧朝日町の図書館で
も2043冊買っていて合わせて年間8382冊の購入、奉仕人口が 23000人(09年当
時)なので1人当り年に0.36冊の購入となる。これに対し東京勢は墨田区が図
書館の他に3つある図書室(図書館名乗ってもいい位の規模はあるが『統計と
名簿』のデータには入っていない)の分を勘案しても1人当たり0.12冊程度で
豊島区が0.13冊、23区の西部にあって比較的文化度が高いのではないかと言わ
れている中野区でも0.2冊、目黒区 0.23冊なので士別が上回っている。人口に
10倍以上の開きがあるから単純な比較も難しいかなとも思うが、財政規模も大
したことない人口2万余りの自治体にしてはいい数字出している。これまで聞
いたことはなかったが士別市は図書館に力入れていて、行けば唸るような図書
館が待ってるのだろうか。「訪ねてみようか」と思ったのも自然の流れという
ものだろう。
ということで旭川から富良野へ出、根室本線へ乗り継いで帯広へ入るという
原案に士別寄り道計画が加わった。士別まで北上して折り返すと行程が1日嵩
むのでどうしたものかと若干思案もあったのだが、市立士別図書館に惹かれる
ものあり塩狩峠越えることとなった。
因みに今回使っている切符は「北海道&東日本パス」と「青春18きっぷ」の
併用で、スタートから7日は東日本パスで回り、間何日かを使い残しの青春18
きっぷ3枚で凌いだら還り道はまた新たに東日本パスを購入して東北も寄りな
がら東京まで辿り着こうという計画を立てている。
北海道&東日本パスはJR北海道とJR東日本が共同で出している春季、夏
季及び年末年始に売り出される季節切符で、普通列車限定(青函トンネルは特
急も使える。但し要特急券)の管内乗り放題と青春18きっぷに似ているが、18
きっぷ(有効5日)が自分の使いたい日を選んで飛び飛びに使えるのに対し、
連続した7日間という縛りが掛けられている。その点は不自由だが7日間有効
で 10000円ポッキリ(2012年当時)とコストパフォーマンスは高い。此れを2
枚と18きっぷ3日分の占めて 26900円と若干のプラスα(現地でのバス代、札
幌での地下鉄代くらいはかかるか)で十数日に及ぶ北海道旅行の交通費賄って
しまおうとの算段である。
そして翌日9時前には宿を出たが、図書館が開くのは10時なのでその間士別
を散策。別に行きたい所もなく何とはなしといった感じで駅脇の踏切越えて市
街地とは反対側へ進み、剣淵川を越えた先の丘の上まで行ってきた。剣淵川河
川敷は賑わっていてパークゴルフが盛んに行われている。橋の上からで距離が
あり確とは判らぬがプレーヤーはほとんど高齢者のようである。内地ならゲー
トボールだろうがパークゴルフに興じる人達目の当りにし「北海道にいるんだ
なあ」と改めて感じさせられた。
パークゴルフは北海道発祥のミニゴルフでカップインまでの打数の少なさ競
う処はゴルフと同じだが、高齢者も安全に楽しめるようボールは宙を飛ばず転
がるだけと用具は工夫されている。公園でも手軽に出来ることからパークゴル
フという名が付いたと聞いている。ただ本家のゴルフに比べればミニサイズだ
が何ホールもとなると(公認コースは36ホールが多い)相当な土地が必要で、
内地じゃおいそれとコース開けないだろう。北海道の他は余り普及してないの
も無理からぬ処か。
80年代初めに考案されたそうだが、私が来ていた90年頃にはあちこちにコー
スが出来ていた。旅行者にも試してみる人いて「案外面白かったですよ」と同
宿者から聞くこともあったが、私が関心持つことはなかった。
路上ではロード練習中のランナーとよく遭遇する。ジョガーではなく競技と
してやっているシリアスランナー達だが、地元民ではなく夏季合宿で遠方から
士別に来ていると見た。
士別は観光地ではないがその昔林業が盛んで買い付けの業者押し掛けてきた
頃の名残りか市内には宿が多い。観光協会発行のパンフレットを見れば宿泊施
設として旅館、ホテル、サイクリングターミナルなど14軒が載っている。この
収容キャパシティと陸上競技場や体育館、オールシーズンで使えるスキージャ
ンプ台などスポーツ施設が充実してることを活かして、近年スポーツ合宿の誘
致に力入れ「合宿の里士別」をアピールしている。人気も上々のようで、市の
HPにはこれまで合宿に来た団体の一覧が出ているが、実業団、大学などその
数軽く百を越え内地からのチームも多い。士別支える新たな主要産業といって
もよさそうだ。
今が丁度そうだが、路上颯爽と駆けるランナーの群れ、士別の夏の風物詩と
なっている。
市立士別図書館は駅から徒歩1分、駅を背に真っ直ぐ延びた南大通沿いにあ
る。地下1階地上3階のビルで、名称は「生涯学習センターいぶき」とある。
地下に市民ギャラリー、工房、スタジオ、視聴覚室などがある複合施設で、図
書館は1~2階を占め、その中核成している。あとこのビルには農協(JA北ひ
びき)も同居していて、これはJAのビルにセンターが間借りしているのかなと
思わせたが、実際は逆で建物は士別市のものであった。そう大きなビルではな
く、またそう新しくもないが古びた感じもない。
私が入ったのは開館間もない午前10時過ぎ。風除け室を抜けると施設エント
ランスがあり、地下と2Fへ通じる階段が見える。エレベーターもある。更に
扉1枚越えて図書館入り。左手にAV鑑賞コーナー、インターネットコーナー見
ながらエントランススペースを進んでいくと正面右寄りにカウンターが設けら
れている。カウンターの前にはこのビルの地下から3階までを貫く吹き抜けが
あり、其れに沿ってぐるりと右へ回り込むと図書室が広がっている。
カウンターを背にして立つと中央の通路挟んで左には書架が並び、右側手前
が吹き抜けでその向こうに新聞雑誌コーナーがある。抜けると奥は閲覧席のス
ペースで、4人掛けの机が5卓あり、最奥の窓際には1人席が16設けられてい
る。此処で奥という表現用いたが、窓の外は駅前からの表通りである。つまり
中をぐるっとU字型に回ってきて入口と同じ面まで来た訳だ。
トップライトの効果もあって館内明るい。大きな館ではないが、棚間も広く
取っていてゆとり感じさせる。吹き抜けもガラス壁に囲まれ垢抜けている。新
聞雑誌コーナー(此処ではブラウジングコーナーと称している)には18人が座
れる円形ソファーも置かれ居心地も悪くなさそうだ。
図書館HPに依れば1Fは 950㎡あるとなっているが、事務室やエントラン
ス部など除いた実スペース(吹き抜け部分は含む)は 700㎡位かと思う。
1Fが一般、2Fが児童室という構成。あと2Fには研修室、サークル活動
室、ボランティア活動室、情報処理室が並び、更にふるさと資料室、学習室も
ありと、一通りのものは揃えてある。
ここでこのビルの由来語ると此れは元々公共施設として建てられたものでは
なく、前身は百貨店だった。上で嘗て駅前に金市館という地場百貨店があった
と書いたが、此処には西條という同じく北海道の地場百貨店があり営業してい
た。金市館が札幌、旭川はもちろん函館、釧路、網走、室蘭他など全道的に展
開していたのに対し、西條は名寄、稚内、そして此処士別と道北メインだった
という。そして90年代時勢の変化読んだ西條経営陣は、百貨店から郊外型スー
パーマーケットへと業態転換図り士別では97年に国道40号線沿いへ移転し、駅
前の店舗は閉鎖された。其れが2002年に士別市へ無償譲渡され、市はかねてよ
り課題となっていた図書館に此れを当てることとし改装の後04年から現在の姿
で利用されている。それ以前も図書館はあったが、古くて狭くて暖房の調整も
儘ならないような老朽化した施設で、開架3万冊程度だったと言う。因みに改
装には7億5千万、備品やコンピュータシステムの導入などに1億5千万、締
めて9億円掛けたと士別市の資料にはある。
「なるほど元百貨店だからおしゃれな感じの吹き抜けもあるのか」と最初は
思ったが、聞けば吹き抜けは改装時に採光考慮して設けたそうである。
さて私を遥々と此処まで引寄せた士別図書館の棚は如何なものか。1F書架
の前へ歩を運ぶと、目に飛び込んできたのはカラフルな棚見出しの札だった。
ピンク・水色・黄色・白・オレンジと類目ごとに色を替え、手作り感もあって
見易い。
「188」「210」と分類記号はほとんど3けたの数字のみ。ただ稀にイとかヒ
といった図書記号つけたものも見られる。なぜそれら少数の本にだけ図書記号
が付されているのかの答は見つからない。
記号は3次止まりだが、実際の配架はヴォリュームゾーンでは4次に即して
行われていて、それに応じた見出しも入っている。ラベルが3次のものを4次
対応で並べるのは本を知らなければ出来ないことで、此処の館員の力量のほど
示している。 336経営管理は文書マナー・仕事術・職場環境・IT・人材・人
間関係・経営・企画・プレゼンテーション・ファイリング・ワープロ・評価・
税務・会計・簿記と分けられているし、 493内科学は糖尿病・肥満・老年期・
アレルギー・中毒・更年期・高血圧・呼吸器・消化器・肝炎・腰痛・精神全般
・脳神経・心・認知症・うつ・感染症・子どもと丹念な仕事見せている。
それに対し 210日本史は何故か大雑把。時代の流れに沿って並べてはいるが
明確な区分けはせず棚板のおおよその場所にラベル貼ってるだけ。それも考古
学・奈良平安・江戸幕末・新撰組・戦争程度で済ませている。このギャップに
は首を捻らざるを得ない。
それより開架に並んでいる本が少ないのがどうも気になる。180台仏教が全
部合わせても157冊、367家族問題約200冊、369社会福祉300冊強、493内科学3
百数十冊といった処。日本史は約1000冊が並ぶが‘プロジェクトX’‘その時
歴史は動いた’など全集、シリーズ本がかなりな部分を占めてのもので、ちょ
っと寂しい。ゆとりあるレイアウトにした付けだろうか。
棚は辞典類並べた高さ1mで2段のが3本、1.3m高4段6本、2m11本が
フロアに並び後は壁面。図書館HPには1Fに7万冊がとなっているが、そん
なにあるかなというのが私の感想ではある。
士別らしくめん羊資料コーナーが設けられていた。ただ並ぶのは約 100冊と
それほど多くはない。あと企画物は男女共同参画コーナー百2~30冊、環境コ
ーナー3百数十冊がある。
雑誌の棚は72マスあるが2マスは空で、此処には通常70誌並んでいる模様。
多くはないが、団体などが勝手に送りつけてくる寄贈誌の類は1誌もなく総て
購読誌のようである。世間には予算のなさから寄贈誌を持ってきてそう広くも
ない棚を埋めてなんとか格好つけている図書館も多数あること思えば恵まれて
いると言えよう。
2階は中央に児童図書コーナーがあり、周囲に上で述べた研修室他の各室が
配置されている。目に付くのは児童コーナーの充実振りで、規模も児童室とし
ては中々のものだし、他の室とは区画され自動ドア越えて入っていくようにな
っていて、独立した施設感じさせる。これはもう児童コーナーというより「児
童図書館」名乗ってもよいのではないか。
もちろん専用のカウンターもある。広さは目で追っただけだが、図書室 400
㎡位か。別に靴を脱いで上がるフローリング仕様21畳のお話室もある。
棚も綺麗に配架され、質、量ともかなりなレベルと見た。1Fの時に「そん
なにあるかな」と図書館HPの数字に疑問呈しておいて、ここでHPの数字持
ってくるのも気が引けるが、他に資料もないので知らん顔して書いておくと士
別図書館HPに依れば児童コーナーには絵本含め3万7千冊置かれているそう
である。これはもうかなりな大規模館の児童室にも引けを取らない数字ではな
いか。特に開架で一般図書比5割超というのは特筆ものだろう。
実は1F見て「なんか寂しい。ホントに年6300冊も購入してるんだろうか」
と首傾げてたのだが、なるほど児童に手厚く配分していたのかと納得した。
児童と言えば、この界隈では隣の剣淵町に絵本を重点的に集めた絵本の館と
いう図書館(といっていいかどうか微妙ではあるが)があり、その特異性から
メディアに取り上げられたりもして町外からの来館者も多いと言う。それはそ
れで結構なことだが、この士別図書館児童コーナーの充実振りも世にもっと知
られていいのではないかと思う。
旭川へ行く列車に合わせ3時間ほどで退館。出れば昼下がりの陽射しがこれ
でもかとばかりに降り注いでくる。北国の太陽結構逞しいのだ。
士別駅前に人影はなく森閑としている。あと少しで士別ともお別れか。統計
と名簿の数字に誘われ此処まで来たが、唸るようなとまではいかないもののそ
れなりの力量感じさせる図書館見られてまずまずと言えようか。
士別まで足伸ばす判断に間違いはなかった、というのを締めにしておこう。
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