愛知川図書館

                                                   漂着日   2008年7月

 愛知川宿は中山道69次(大津、草津を含む)のうち日本橋から数えて65番目の宿
場で、天保年間には本陣、脇本陣に旅籠27軒を擁し賑わっていたと言うが、これで
も宿場の規模としては中程度であったらしい。
 明治に入っても郡役所が置かれ、麻織物の産地として栄えた。近江商人のうち五
個荘商人、日野商人などは中世に勃興したが愛知川商人は明治以降に台頭してきた
とされる。
 しかし隆盛の時も長くは続かず、世が鉄道の時代となると大動脈東海道線が彦根
ー近江八幡コースを採ったことにより離れた中山道沿いの町村は衰微し、愛知川も
またあまり知られることのない町となった。 
 
 私は何時の頃からか愛知川の名前だけは知っていたが「愛知県じゃなくて滋賀県
の町か」と思った程度で、それ以上の興味持つことはなかった。中山道も長野、岐
阜辺りまでは関心があり部分的に歩きもしたが、滋賀県に入ると全くもって不案内
となり、近年に至るまで草津で東海道と合流すると知ってたくらいで、何処を通っ
ていたのかも興味無く、従って愛知川が中山道の宿場町だったと知ったのもごく最
近のことである。

 考えてみれば関西育ちながら滋賀との関わりは薄い。中年の入口で東京に転ずる
までは大阪近辺で暮らしてきたから、そう遠くもなかったのだが鉄道や高速道路を
使った通過を別にすれば、若年期に足を踏み入れたことも稀で、というか20歳を過
ぎた頃大阪在住の滋賀県人の先導で十数人が打ち揃い琵琶湖へ湖水浴へ出掛けたの
が唯一の記憶として残っているだけである。
 京都には頻繁に行ったものだが、その先の滋賀となると「京都の向こうの保守的
な風土持つ田舎」といった捉え方しか出来ず、まるで魅力を感じなかったようであ
る。30歳台に自転車使った旅などやり出し、琵琶湖沿岸を何回かは走ったが、それ
も北海道行のフェリーに乗るため敦賀港へ向かうための通過が主で、滋賀県だけ走
って帰ったのは1回だけだったか、ということで、どうにも私の中で滋賀の存在感
は薄い。
 その滋賀へ図書館訪ねるためだけにはるばると(大阪の用を兼ねてはいるが)訪
ね来たというのも面白いものではある。

 愛知川へやって来たのは土曜日の午後。前ページの八日市図書館からの連戦でタ
イトル通りの図書館漂流であった。降り立った近江鉄道愛知川駅前はガランとして
殺風景なものである。駅を背に 100mほど歩くと旧中山道に行き当たり、町並みも
続いている。尚愛知川町は2006年に秦荘町と合併し、現在は愛荘町という人口約2
万人の町になっている。
 図書館は旧愛知川宿からは中山道に平行して走る近江鉄道挟んだ逆サイドの少し
離れた所、街道賑わっていた時代には田圃の真ん中ではなかったかと思われる一画
にある。今は開発され、まあ住宅地といえるか。町役場や町民センター、産業会館
などの公共施設も近くに集まっている。
 重厚というのではないが中々の構えで、人口1万人を僅かに超えた程度の小さな
町(開館当時)がこれだけの施設をよく建てたものだ。つい先ほど見てきた八日市図
書館のシンプルさとは異なりデザイン性豊かな垢抜けした館容で、さすがこの辺り
は2000年代に入ってから開館した施設(2000年12月開館)だなと感じさせる。ただ
洋風建築に黒瓦配した意匠はもう一つかなと思わぬでもないが。
 敷地も広く、表は駐車場メインだが裏には緑地が配され生物観察などもできるよ
うに人工の小川と池も穿たれている。

 入ると左右に細長いエントランスホール。床は光沢ある木製タイルで隅にはピア
ノなども置かれ、外観同様垢抜けている。若い女性なら「おしゃれ」と呟きそうな
佇まいである。
 左へ行けば図書館なのだが、右側には常設展示室、企画展示ギャラリー、視聴覚
室などが構えている。
 常設展示室は無人だったが、自由に入れるようになっていて、中には愛知川に江
戸末期から伝わる手作りの伝統工芸品「びんてまり」が多数展示されている。これ
は丸型のビンの中に、その口より大きな手まりを納めたもので、色取り取り、模様
も様々と結構楽しめる。説明に拠れば、装飾性もさることながら、丸くて中が良く
見えるところから「まるく(円満に)仲良く」ということで、縁起物としても広ま
ったとのことである。
 壁面には愛知川宿の古地図と説明があり、眺めていたら女性職員が入ってきた。
常駐はしていないが、時折こうして巡回に来るようだ。目が合って双方軽く会釈な
どしたが、これもいい機会と愛知川宿の範囲など簡単な質問をし教えてもらった。
と、訊かれたことに答えるだけでは愛想ないと思ったか職員から「中山道をずっと
歩かれているのですか?」と問いかけあり。出で立ちなどから中山道ウォーカーが
立ち寄ったと思われたようである。「いやあ歩いてるというんじゃないんですよ」
などと曖昧に返事。図書館を見に来たとはいささか恥ずかしいものがあり言えなか
った。
 企画展示ギャラリー、視聴覚室はこの日催しもなく閉じられていたので素通り。
案内に拠れば企画展示ギャラリーでは毎月様々なジャンルの企画展が催され、視
聴覚室は講演会、コンサート、映画会、ワークショップと多目的に利用されてい
るとのこと。地域の情報発信の場となっているようだ。
 そしてこれら入口から入って右サイドの各室は、どうも図書館とは別施設の扱い
となっているようである。そういえばこの施設全体の名称も「愛知川図書館」では
なく「びんてまりの館」となっている。
 これも補助金の関係だろうな。財政力がそう豊かではない小さな自治体が図書館
を建設するには交付金・補助金頼みになるのだが、受けるに当たりコミュニティ施
設などの併設が要求されるというから此処もその口だろう。呼称にも制約があり、
利用率の高さなどで知られる北海道の置戸町立図書館も建て替え(05年に新館オー
プン)に際し過疎債使ったところ規約上図書館と名乗れなくなり生涯学習情報セン
ターという名称になったという話も聞いている。
 従って愛知川図書館は複合施設の中にある図書館ということになる。これまで見
てきた例から複合施設の館はもう一つというのが私の感懐だが、此処は飽くまでも
図書館主体で造られていて邪魔な施設もなく、複合施設に有りがちな猥雑さとも無
縁なので、まあ聞いている評判は裏切らないだろう。

 さて図書館へ。エントランスホールから更にガラス扉1枚越える。館内は整然と
して、よく手入れされてるなというのが入口からの第一印象。ただし此処からは一
般向図書室は見えない構造になっている。
 入ってすぐ左側にはこどものエリアがある。いつもながらこどもの方にはあまり
興味が向かないので入らなかったが、おおよそ10mx15mほどで、それに加えて奥
に読み語りの部屋がある。聞くところではこの部屋は階段状に設えられており、子
供たちは読み手を見上げながらではなく同じ目の高さでお話が聞けるという。
 こどもエリアを横目に少し行くと右側に新聞雑誌のコーナー。席はもちろん背も
たれもないベンチなどではなく壁に沿った固定席。くつろぎ感はあるけれど席数20
余りなのでもう少しあってもいいかなと思わないでもない。
 雑誌もずらりと並んでいる。HPで購入雑誌一覧を公開しているのだが、その数
ざっと300誌余りとさすが豊富だ。
 更に進めば左側にカウンター。此処まででもう20mは歩いているだろうか。
 カウンターの前面、歩いてきた右方向には成人のエリアが広がっているのだが、
後回しにしてカウンターを回り込むように奥へ行けば地域行政コーナーがある。郷
土関連資料並べたお馴染みの区画だが此処は網羅的というか単なる郷土資料の枠を
超えあらゆる地域情報を集めていることで知られている。たとえば町民(子供も含
め)が寄せた身近な地域の発見や情報を記載した町のこしカードであったり、地元
企業のパンフレット、新聞の折り込みチラシ、飲食店のメニュー、各字(あざ)の
発行したコミュニティー紙などだが、20年、30年後にはこれらが地域の文化遺産と
して光芒放つだろうという考えのもと収集されている。
 この取り組みは評価され、全国紙にもたびたび取り上げられ、私なども愛知川図
書館を知る処となった訳で、もちろん評価はするが、この試みばかりが喧伝される
きらいもあり、これだけが愛知川図書館の魅力ではないだろうにと、違和感覚えな
いでもない。念のため書いておけば違和感の向く先は図書館ではなく報道の側であ
るが。
 地域行政コーナーは10m余×12m余の広さがあり8人用机2卓と1人掛けの席な
どで合わせて23席ある。レファレンスデスクもある。此処は八日市ほど自習にうる
さくないようで、それらしき高校生の姿も見られた。
 さらに奥へ行くと開架書庫がある。書庫だが開架なので出入り自由である。入れ
ば窓はなく、通路は狭く、背の高い書棚がびっしりで圧迫感がある。と同時に何か
見つけられるかなといったワクワク感もあり、書庫の散策も悪くはない。10m余×
8m余と大して広くもないので閉架書庫もあるのだろう。
 ほとんどの図書館では一般利用者は書庫に立ち入れないが、直接資料を探せば館
員わずらわせることもないし、待ってる時間も省けるから可能な限り解放すべきで
はないかと思う。

 さて一般図書室に戻ろう。書架を並べたフロアーを中央に置き、両サイドに多彩
な小部屋を配置したスタイル。カウンター前から眺め渡すと広々とした空間が広が
っている。が、実は中央のフロアーで幅12m奥行35mほどとそんなには広くないの
だ。
 広く感じさせるのは天井が体育館のように高く、書架は大人の視線より低く設け
られているため上部に十分な空間があり見通しが良いせいで、そのあたりはしっか
り計算されているようだ。
 カウンター側から見て右側にはテーマ別の小部屋が並んでいる。一番手前が定住
外国人に向けた(日本人の利用もあるだろうが)こくさいこうりゅうコーナー。
日本紹介や生活サポートのそれぞれの母国語で書かれた本やボランティアグループ
が英、中、ポルトガル語など7languageで出している生活情報紙などが置かれてい
る。
 次がヤング向け読み物、マンガを置いたヤングアダルトコーナーでその隣はAV
の視聴が出来るビデオブース。それから画集を置いた部屋があり、その向こうに写
真集、工芸などの部屋があって最奥には録音朗読室が設けられている。
 左側には閲覧席を設けた小部屋が並ぶ。席も多彩。壁と窓を背にしたロングシー
ト風の席から小机の席、8人掛けの円卓があり、10人程度なら利用可能な和室もあ
る。最奥は机並べたコーナーで6卓16席ある。
 その他座席は書架の谷間にもあり、また書架の側板背にしたスツール席も22を数
える。総て合わせるとこの一般図書室で 100席ほど新聞雑誌、地域行政コーナーま
で含めれば 館内大人の席で150見当ということになるか。それとまだ庭によく海辺
のリゾートなどで見る樹脂製の白いテーブルセットがいくつも置かれていて、こち
らも利用できるようだ。

 それにしてもと改めて思うのだが、よくこれだけのものを造ったものだ。再び書
くのだが、なんといっても開館時は人口1万人余り(2001年3月の住民基本台帳で
は 10288人となっている)の町でしかなかったのだ。それが規模(案内に拠れば一
般エリアは開架で12万冊並んでいるという)もさることながら図書館の理想を追及
したような施設を構築しているのだから素晴らしい。
 たとえば建物も単純な矩形などではなく、それぞれの主題室が庭に向かって飛び
出したような凸凹の複雑な形をしている。採光と各エリアの独立性を高める狙いだ
が、取り分け一般とこどもエリアを出来るだけ離したかったようである。
 変形だと建設費も割り高になるので計画すれど実現は…という例が多いのだが、
此処は敢然と造った訳で、構想し説得した人、承認した人、横やり入れなかった人
皆大したものだと思う。
 これも図書館先進県滋賀なればこそだろうか。 

 分類は「188.5」など図書記号を使わないシンプルな 4次分類。ただしラベルな
どの表記は4次だが 「210.5日本史江戸時代」を見れば幕末が最後にまとめている
などしっかり5次に即して並べられている。
 医学の内科も 「493.1」の一括りではなく「内科」「アルコールと健康」「成人
病・更年期」「アレルギー」「糖尿病」「肥満・メタボリックシンドローム」「膠
原病」「血液・血管リンパ」と丹念に分けられ、それぞれちゃんと見出し札も添え
られている。さすが図書館先進県滋賀の中でも評価の高い館だけのことはある。
 コンピューター関連も 007だ 336だ 547にもあるなどあちこちに分散させて利用
者に不便強いる時代遅れの配架ではなく一ヶ所に固め、そしてしっかり仕分けられ
ている。数えてみたら「コンピューターと社会」「パソコンのしくみ」「UML」
「Windows」「Word」「一太郎」「セキュリティ」「Excel」「Power Point」
「Access」「Auto Cad」「パソコンで描く」「そのほかのソフトウェア」「マ
ッキントッシュ」「パソコンでつくる」「インターネットを使いこなす」「ホーム
ページ」「Webデザイン」「Lanとネットワーク」「Eメール」「デジカメ・周辺
機器」「携帯電話」「自分でつくるパソコン」「プログラミング」と24分類されて
いた。
 棚は日本十進分類法を基にしているが、それには捉われずテーマが共通するもの
は固めるという並べ方。例えば480台動物学と640台畜産業が、また470植物学と610
農業629造園が同じ棚に置かれている。

 目を惹くのは独特の「見出し」で、十進分類表の固い表記をそのまま用いるので
はなく、利用者が見た時その棚のテーマがすっと入っていき易いタイトルを工夫し
ている。
 目についたものを挙げれば、290地理 では「旅行記で知る」「テーマで旅する」
というのがあり、出産・育児にまつわる本を集めた棚には「赤ちゃんを授かる」や
「こどもと育つ」などの表記が見られる。
 そして社会科学へ移ればまず棚の上部に「人々の権利」と表示された一画が目に
留まった。これは更に「人の権利を考える」「人種・民族問題」「在日について」
などの項目に分けられている。
 「人権」ときたか。実は十進分類法には「人権」題した項目はほとんど無く、唯
一かと思われるのが「327.7人権擁護」なのだが、これも320台法律の中にある 327
司法・訴訟手続法の更にその中という小さな扱いでしかない。 316.1国家と個人の
中に基本的人権は組み込まれているが、これは項目ですらなく含まれる概念を例示
的補足的に掲げただけのものである。従って「人権」と表示した棚を持つ図書館は
そうはない(なくもないが)。
 それがこの館では高々と人権の表題掲げ、法律や経済といった大枠と同等の扱い
をしている。込める思いの確かな処は判らないが(想像は出来るが)強い意志を感
じさせる。並んでいる本は 316.1国家と個人、316.8人種・民族問題、327.7 人権
擁護、382.1風俗習慣/日本、などから集められている。

「見出し」に戻れば 336経営管理は「仕事の達人」となり 367の通常は家族問題な
どとされる棚には「家族って何だろう」と振られている。 673商業経営は「モノを
売るサービスを売る」とこれまたストレートな表現である。また 361社会学を見れ
ば 361.6社会集団は何故か「大衆社会集団」とされ 361.7地域社会は「都市と村落
の社会」で 361.8社会的成層は「階級と社会」となっている。
 注目したのは 366で分類表では労働経済・労働問題となっていてほとんどの図書
館でもその見出しを付けているのだが、此処では「はたらく人を守る」とくだけた
タイトルになっている。それは更に<セクハラ><サービス残業><過労死><フ
リーター><使い捨て>などに分けられている。<民営化という名の労働破壊>と
いうのもあるが、公共図書館でこんな過激な表現使って大丈夫なのかと―民営化推
進派が黙ってなさそうだが―心配する。
 以前のページで某館の棚の作りに関し「破綻もないが冒険もない」という表現使
ったことがあったが、此処は恐れるものなど何もない―とばかりに冒険しまくって
いる感がある。

 棚は先にも記したように低く、概ね4段か5段。ただ開館7年半、本も溢れてき
たようで、納まりきらぬ分を天板の上に6段目として並べている棚も見える。この
精緻に組み上げられた図書館の数少ない誤算だろうか。まあ人間臭さが感じられて
悪くはない。
 どの棚もさすがによく手が入り、資料は整然と並べられている。

 あれこれ見て回り、バリエーション豊かな席の幾つかにも座り適当に選んだ本を
開いたりしたが、居心地いい図書館でついつい長居してしまう。前のページで八日
市図書館を「滋賀における記念碑的図書館」と持ち上げたが、此処もそう言って差
し支えないだろう。八日市がスタートのそれであり、愛知川は一つの到達点示して
いるという違いはあるけれど。

 最後に気になったことを書いておこう。
 見れば和室に将棋盤、碁盤が置かれている。和を彩る飾りではなく利用も出来る
ようだが図書館で将棋、囲碁とはどうなんだろう。駒音、石を打つ音など相当響く
ものだし問題起きないのだろうか。パチリ、パチリと断続的に音たてられたら勉強
したり(図書館は歓迎しないかもしれないが)調べ物をしたり読書する他の利用者
は気が散ってはかどらないだろう。それと私もよくやるけれどヘボ将棋ではヘタな
手指しては思わず「しまった」とか「間違った」とか声も発しそうだし、罠に填め
ては「ほら王手飛車だ、ざまあみろ、ハッハッハ」などはしゃいでしまいそうでも
ある。同じ空間にいて静けさ求める人には迷惑以外の何物でもなく軋轢も生みそう
だが、その辺りはどうクリアーしているのだろう。それとも此処ではこの程度はオ
ーケーなのだろうか。

 この図書館の方向性その他を決めてきたのは初代館長と聞いている。この人は九
州の出身で大分と長崎で図書館を立ち上げた実績を持ち、2件目の長崎森山町立図
書館(現在は合併あって諫早市立)が評判呼んで知られるところとなり、滋賀へ招
聘されてきた。そして計画段階から愛知川図書館の開設に携わり、開館後は初代館
長として7年余り勤め08年春に愛荘町教育長へと転じている。
 図書館設置から運営に関して優れた手腕を有することは折り紙つきで、それはこ
の図書館を見ればよく判るが、同時に独自の図書館観を持っているようでもある。
 それは私が知る処では図書館を従来型の知識追求の場と狭く堅苦しく考えるので
はなく、地域の人々が群れ集い楽しい時を過ごしてゆく、謂わば快適空間を提供す
る施設といった捉え方のようだ。どうも本好きや調べ物をする人達がやってくるだ
けの図書館では飽き足らぬようである。
 初代館長は新聞、雑誌への寄稿も多く、本も何冊か出している。その内何篇かを
目にしたこともあるが、どうも――静かな図書館より活気ある図書館を指向してい
るかの節がある。またある著書のサブタイトルは「エンターテインメント空間を求
めて」となっている。
 エンターテインメントか。言葉の意味は今更記すまでもないと思うが、念のため
広辞苑引けば「娯楽、演芸、余興」と出ている。何れも図書館とは相容れない言葉
ではないかと私などは思うのだが、初代館長は敢えてエンタメという言葉を用い楽
しく居心地のいい施設への指向を表しているようだ。
 将棋、囲碁もその延長線上にあるのだろう。著書に依れば居眠りもよし、ゲーム
もOKであるらしい。さすがにギターを奏でるのは中庭で、となっていたが。
 なんとも鷹揚な図書館で、利用者にとって使い勝手は良いのだろうが、先に記し
た通り、異なる目的の利用者を同じ空間に置くというのは無理ではないか。
 実は私もかねてより現在の図書館は調べ物や本を借りて帰るだけでなく、くつろ
ぎの場としての機能を高めるべきという考えを持っている。だから通じるものもな
いではないのだが、私が望むのは飽く迄も図書館でのくつろぎであり、娯楽施設的
なそれとはまた違う。そこには「静穏」という要素は欠かせない。
 ただこの日は将棋する人もなく館内は静かで、ごく普通の図書館であった。

 「さてそろそろ退散の頃合いだなあ」と思いつつ館内漂っていたら目の前に隠れ
んぼうして遊ぶ親子が出現。それも一般成人エリアでである。まだ若い父親(多分)
と3、4歳位の男の子だったが、父親が書架の陰に隠れ、子供がそれを捜して書架
の間を走り回っている。それほど騒々しくもないがパタパタと耳障りでもあるし、
この子が他の利用者と接触し転んで怪我したら誰の責任かという問題も出てきそう
だ。館員が注意しにくる気配はない。この位は此処では日常の光景なのか。ただカ
ウンターから最も遠い辺りなので気が付いていないかもしれない。
 ここで私が「図書館で何やってんだ、遊びは外でやれ」とか父親を叱りつけたら
どうなるんだろう。キョトンとされて「何言うてんの、此処はかまへんのやで」と
か返ってくるんだろうか。そして周りからも時代遅れのことを言う奴だ、という目
で見られるのだろうか。
 興味ある処だが、町民でもないのでそこはスルー。試しはしなかった。館員に尋
ねることもなし。まだこの頃は、地元住民でもないものが館員煩わせるのは申し訳
ないと思っていたので。

 ほどなくして退出。謎の部分もあるが、この日見た限りでは素晴らしい図書館で
私がこれ迄見てきた中でも最上位のクラスに入るだろう。ただこの日は総体として
普通の図書館だったけど、次回訪ねた時には初代館長が言うところのエンターテイ
ンメント的なものと遭遇し、それによっては評価が変わるかもしれない。
 そうならないことだけは願っておこう。


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