八頭町立郡家図書館

                                                    漂着日   2008年8月

 くっきりと晴れ渡った夏の朝、緩やかな坂道を登っていく。目指すのは丘の上の
公民館、もう少し正確に言うと其処に併設されている図書館である。
 時刻も既に9時を過ぎているので容赦ない夏の陽がギラギラと攻め立ててくる。
ただ私は暑いのも平気、登りも苦にしないという便利に出来た人間なのでスムーズ
に歩を運んでいく。
 ほどなく公民館前に到着。さほど意識しなかったが、いつの間にかかなり上って
いたようで眼下には町並みが広がっている。
 此処は鳥取県八頭郡八頭町郡家(やずぐんやずちょうこおげ)。鳥取市のすぐ南
で、3年余り前までは郡家町という人口約1万人の自治体だったが、2005年に船岡
町、八東町と合併し人口2万人弱の八頭町となっている。
 眼下にある郡家の集落は八東川とその支流である私都川の河岸段丘に展開してい
て、高低差があるため「高下」と呼ばれたのが、その名の始まりという。

 この町へは昨夕来たのだが、特に何かを見たいとか、明確な目的があってという
のではない。知らない街を歩き、知らない町で泊まってくるというのが私の旅のテ
ーマで、その条件充たす町が手頃な所にあったからというボンヤリとした理由から
である。もう少し南、旧因幡街道の宿場町で往時の町並みもよく残っているという
智頭(ちず)も考えたのだが、この次大きな移動の基点となる鳥取市への移動時間
や運賃を考えたのと智頭の宿事情もあり此方を選んだ。
 そして昨日は夕方のまだ明るい内と夕食後暗くなってからの2度郡家の街を歩い
てみた。ストレートに言って寂しい何もない街。元は人口1万人余の町の中心地な
のだから因美線郡家駅周辺と国道29号線沿いにそれなりの集落が広がっているのだ
が、此れといって足を止めさせるもの胸に響くものは見られなかった。商店も数え
るほど。鳥取まで因美線で3駅10数分、車でもすぐなので、チョットした買い物で
も鳥取へ行くのだろうか。泊まった宿もあまり良くなくて、ここまでの処この町選
んで失敗だったかとの思いは強い。
 ただこの高台からの眺めは悪くなく、幾分かは救われた感がある。これであと図
書館が良ければ帳尻合わせられるのだが、さあどうだろうか。

 今回の旅は7月末に東京を出発。 小千谷市/新潟県、朝日町/富山県、南丹市(旧
美山町)/京都府と泊まり重ねながらほぼ日本海に沿って移動してきて鳥取県に入り
北栄町(旧大栄町)、湯梨浜町(旧羽合町)ときて郡家がもう県内3ヵ所目の宿泊地だ
った。
 以前のページにも書いているが、私は若い時から日本全国歩き回ってきた。一応
47都道府県に足跡残してはいるが当然ながら其処には濃淡がある。
 濃い方の筆頭は、なんといっても20歳代~30歳代の10数年間毎年行ってた北海道
だが薄い方には山形、三重、滋賀、鳥取の各県が並ぶ。この2008年は商売替えして
休みが潤沢に取れる(自分で決められる)ようになり、金もないのに久しぶりで旅
三昧の年になったのだが、この機会に薄い方の濃度を高めておくかとの思惑も働い
ての鳥取漂泊なのだ。まだこの後鳥取市でも泊まって帰る予定を立ている。
 
 鳥取入りしてこの朝がもう4日目(実質では2日か)とあり、既に図書館も幾つ
か見せてもらったのだが、何処も今一つだった。
 北栄町立図書館(旧大栄町立)は02年に自転車で山陰路走ったとき見かけ「こん
な田舎に立派な図書館がある」と感心し、その折は時間の制約有って入口から覗き
込んだだけで終わったので今回満を持しての訪問だったが、3次分類止まりで本も
少なく、此れといった特長もないと中味は外観ほどには感心させてくれなかった。
 倉吉市立図書館は広い敷地持つ複合施設の一画にあり、扇形様で意匠凝らした堂
々たる建物だが、やはり中味は大したことなかった。メモを引っ張り出してみると
「建物立派・半分吹き抜け・天井高い・広いが蔵書今一・分類荒い・球技、(旅行)
ガイドも混・仏文少ない・美術等大型本少ない」などと書きつけていた。もう記憶
も薄れたが途中でHPに書くほどでもないなとメモり止めた節がある。
 鳥取市立中央図書館は鳥取駅徒歩3分の便利な場所にあり、図書室も一般でおお
よそ35m×40m、児童20m余四方と広く(他に学習コーナー、談話コーナーあり)
分類も「188.7エイ」など4ケタにカナ2文字の図書記号も付したものでまあしっ
かりし、郷土資料の棚も充実してるなど見るべき処もあったけど、全体的にはもう
一つ感が拭えない。市役所分庁舎内にあるからだろうか、お役所的(市の施設には
違いないのだが)印象を濃く受けた。

 というわけで、これまで見てきた鳥取の図書館が、春に訪ねた米子図書館も含め
「此処はなかなかやるな」と言ったものを感じさせなかっただけに、この郡家の図
書館にもあまり期待は持てなかった。どちらかというと時間潰し目的の色合いが強
い訪問である。

 さて図書館と公民館へ入っていったが中はガランとして人の姿もなければ物音ひ
とつしない。ただ玄関は開いているから休館ではないようだ。
 「図書館は何処?」と案内表示に目を凝らしたが、その文字はどこにもない。事
務所を覗くとまだ若い男性職員が1人だけいた。もうこの時点では間違ったなと思
いつつ図書館の場所を尋ねると、やはり此処にはなく下の集落に独立した施設とし
てあるという。そして言葉で説明しても通じないと見たか、彼は私を誘って玄関前
まで出、眼下の家並みの一画を指さしてあそこですと教えてくれた。集落の中ほど
にある周りの民家より少し大きい程度の白っぽい建物が図書館だという。
 
 了解し、お礼を言って、今来た道を逆戻り、今度は坂を下っていく。出発前行き
そうな町はネットなどで調べ、一応の情報を頭には入れてきたのだが、郡家の図書
館に関しては何処かと混線きたしていたようである。
 想定外の無駄足ではあるが、私は歩くのも好きな人間なので「いい朝のウォーキ
ングだ。高い所から郡家の街も見られたし却って良かったくらい」と落ち込みはな
い。

 図書館へはすんなり到着。が、開館は10時で、まだそれには少し間があった。
 そこで前の公園へ一時退避。コーラ飲みながらベンチで暫しのくつろぎタイムと
洒落てみた。何もしてないのだが、一仕事済ませた後の息抜きといった趣きがあり
妙に充実感覚える。
 適度に時間を潰し、開館と同時に入ってのでは目立つから頃合い見計らって10時
15分に郡家図書館入館。

 玄関から入れば直ぐに図書室。外観なりに小ぢんまりしていて、入ってみたら意
外と広かったという逆転はなかった。12m×12mくらいだろうか。面積の割りには
開放感があり明るい。上へ行く階段が見え、どうやら2階もありそうだ。
 入って直ぐ左手には児童コーナーがある。当然ながらそう広くはない。進めば右
手にカウンターがあり、其処を右手に回り込んだ処が新聞雑誌コーナーである。壁
面と窓を背にしてL字形に7席設けられている。成人向席は1Fではこの他新聞雑
誌コーナーの逆サイドの壁面に5席あるだけとやはり少ない。空間の多くは書架で
占められている。
 小さい館ゆえせめてこれくらいはというだけの書架を並べると閲覧席のスペース
が取れなくなる。これも致し方ない処か。

 もちろん2Fも狭い。中央に6人掛けの机が2卓あり、その両側に書架が並ぶと
いう構成。あと壁際に5席置かれている。当然ながら置かれた書架も少なければ其
処に並べられている本も少ない。
 いかにも田舎町のちっぽけな図書館である。ただ「野に偉人あり」ではないけれ
ど、思いもよらぬところで思いがけないものに出会うことも稀にはあるものだ。

 棚を見て思わず「ほう」と胸の裡でつぶやいた。其処に並んでいたのは5次分類
された資料であった。こんな田舎(たびたび書いて申し訳ないが)の小さな図書館
で5次分類を見るとは思わなかった。4次は珍しくないが5次まで踏み込んでいる
館は稀少。私はここ数年で地元の東京も含め百数十館ほど訪ねているが、市町村立
図書館で5次分類していたのは滋賀県近江八幡市立と埼玉県小川町立の2館だけで
はなかったか。
 ――滋賀県愛荘町立愛知川は分類記号は4次だが出来るだけ5次に即して
       並べていた。また部分的に5次という館は少なからずある――

 それにしても徹底分類である。[121.54][007.634][547.483][548.295] など普段
棚では見られない5桁、6桁の分類記号が並ぶ。これは5次どころか6次に踏み込
んでいると見ていいのだろうか。
 302は社会学の政治・経済・社会情勢だが通常は精々4次の日本 302.1、アジア
302.2、欧州302.3などと地域別に分ける処までだが此処はもう1段国別にまで分け
ていて、例えば302.223は中国で224は台湾、227がモンゴルで237はタイという風に
なっている。普段あまり見ないだけに国別に整理され並んでいるのを見るのは新鮮
で気持ちいい。
 ただこの丹念な分類はもちろん評価するけれど、いかんせん並んでいる本が少な
いだけに(全館で6~7万冊位だろうか)、此処まですることの意味合いも少しは
考えざるを得ない。正直この規模なら利用者の利便性において4次でも5次でもそ
う違いはないのではないかと思う。
 だからといって無意味なことしているなどと言うつもりは毛頭なく、この小さな
図書館が5次分類に挑んでいる、その姿勢、その心意気は讃えておきたい。

 館内一通り見た後は1Fで週刊誌1冊読ませてもらって暫しくつろいだのだが、
その時雑誌コーナーに掲示されているお知らせが目に留まった。
 「雑誌の記事 おさがしします」見出しはこうなっていた。
 要するに以前読んだ雑誌の記事が気になって、もう1度読んでみたい。しかしど
の雑誌か、何月号だったか記憶にない。そんな時に「〇〇についての雑誌の記事が
見たい」と相談すると捜してくれるというもの。知らなかったなあ、こんなサービ
スもあるのか。「図書館にない雑誌でも調べますので、お気軽に職員におたずねく
ださい」と結んでいる。
 これは中々使えるサービスではないか。日常生活でも仕事の場でも、あの情報を
もう1度というのは結構ありそうだ。考えてみれば、今は大抵の図書館で館員が使
うパソコンには相当な書誌データが入っているというからバックナンバーの目次引
っ張り出すとかしてかなりな線まで調べられそうな気はする(㊟そう思うだけで確
認はしていない)。だから多くの図書館で、その気になれば出来るのではないかと
思うのだが、私がこれまで見てきた限りでは、こういうサービスを掲げ、利用を促
している図書館はなかった。
 それをこの小さな館がやっている。「偉いものだ」と感心するばかりである。
 どうやって調べるんだろうと、当然気にはなったがこの頃は館員煩わすのは控え
ようという意識が強かったので、何も訊かなかった。
 ただ東京に帰ったあともやっぱり調べ方が気になるので、ひと月近く経った頃に
郡家図書館へ電話して尋ねてみた。親切に教えてくれた処によるとやはりインター
ネットを駆使して調べるのだという。そしてその術は講習を受けて会得したとのこ
とであった。
 受講は自発的なものか町の派遣によるものかは訊かなかったが(多分町からだろ
うとは思うが)、何れにせよ今時スキルアップの講習など大したものではないか。
図書館に対する意識の高さが判ろうというものだ。評価すべきは個人なのか、町な
のか、あるいは県だろうか。
 さらにもう1つ東京での話を挟むと、郡家に電話する前だったが我が地元ではど
うなんだろうと住んでいる墨田区とお隣の江東区の図書館へリサーチしてみた。
 郡家図書館に貼り出されていたのとほぼ同じ内容を書いていって見せ「こんなこ
とは出来るのか?」と訊いてみたのだが、答はどちらも同じで、レファレンスで対
応しますというものであった。ただこれもどちらもだが確たる自信もスキルの持ち
合わせも無さそうで、いざ頼めば答が来るまでに途方もない時間を要しそうな頼り
なさであった。

 ほどなくして退出。鳥取へ来てもう一つ感のある図書館ばかり見てきたので、胸
の辺りに何か詰まっているような鬱陶しさがあったのだが、最後に小なりとはいえ
ピリッとした図書館で過ごすことが出来、一辺にすっきりした。表出て振り返れば
郡家図書館は夏の陽を受け、きらきらと輝いて見えた。

            
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