福井市立桜木図書館

                                                     漂着日  2008年8月 

 福井へとやって来た。着いたのは夕景18時48分。ただし8月初旬の北陸の空は未
だ明るい。
 この日は鳥取朝9時28分発を皮切りに、山陰本線ー舞鶴線―小浜線―北陸本線と
繋ぎ、浜坂、城崎温泉、福知山、綾部、東舞鶴、敦賀の各駅で列車乗り換える青春
18きっぷ使ったまる1日掛けての移動だった。鉄路上の距離で約 318qに9時間半
掛けてとあまり効率はよくないが、いいのだ、旅に効率は求めない。乗り継ぎは手
間でもあるが、待ち時間に合わせて街を散歩するのは楽しみでもある。この日も城
崎、福知山、綾部と街歩きしてきた。

 この日の宿は福井駅歩30秒、駅前広場にあるといってもいいビジネスホテル東横
イン。日本各地の主要都市に店舗構える全国チェーンで、私が利用し始めたのはこ
の2008年からだが会員にもなっていて、これまでに何カ所かで泊まっている。
 到着時フロント横のカフェラウンジを見ればこの日の宿泊客が盛んにカレーをほ
おばっている処だった。東横インは1泊朝食付きが基本で、夕食の提供はないのだ
が店によりカレーライスの無料サービスをやっている。これで少しでも客を呼び込
もうというのだろうが、効果のほどはどうだろう。
 私もカレーに釣られて此処を選んだわけではない。だがなんにせよ無料のサービ
スは嬉しいもの。宿泊手続きしながら頭の中で「夕食はこれで軽く済ませ、後はお
つまみと缶ビールなど買い込んできて、寝る前に一杯やればそれで今日はいいだろ
う」などと計算していた。
 と、その時食堂のおばさんが近づいてきて、フロントの女の子に一声「カレー終
了しました」と。
 なんだこれは。1度は嬉しがらせてこの仕打ちは惨い。こういう時、此の世の総
てが敵に回ったかのような言い知れぬ絶望に包み込まれる。しかしサービスのカレ
ーに有りつけなかったからとガックリ肩落として見せるのも不細工な話で、表面は
平静装い受付済ませる。まあいいさ、福井名物ソースかつ丼でも食べて来よう。

 再びロビーへ降りてきたのは約1時間後。シャワーも浴び、夏の日に1日掛けた
移動による汗も埃も洗い流し、サッパリしてきた。
 ここで外出に際し、ルームキー置いていくべくフロントへ寄ったのだが、この時
到着の客も途切れていて、係りの女性も暇そうにしていたので少しだけ話していく
ことにした。なにせ移動の1日で、誰とも話すことなく此処まで来たので固まった
舌もほぐす必要がある。

 東横インのいい処というか私が気に入っている処の1つは割りと広いカフェコー
ナー(ロビーと言ってもいいか)備えていることで、施設によって違うが数十席か
ら大きい店舗では百数十席を数え、食事時以外は何時も空いているからまずゆった
りと利用できる。人によってはこういうオープンスペースに居ることを好まないか
もしれないが、私は狭い部屋に籠りっ放しより少しは広い世界で新聞読んだり、フ
ロントの動向や行き交う人を眺めたりするのが好きなのでよく使う。ただし此処で
ビールを飲んだりはしない。

 それともう1つはフロントなど客と接するスタッフがすべて女性で尚且つ皆中々
にフレンドリーであること。手が空いていれば話し相手にもなってくれる。これは
会社の方針というより猛烈な勢いで全国展開しているチェーンだけに経験浅く接客
ズレしていない子が多いからでもあるだろう。
 私が会員になったのも、最初に泊まった熊本新八代の店舗にいた見目も可愛く、
気立てもいい子が勧めてくれたからで、当初その気はなかったのだが、健気さのよ
うなものが伝わってきて、断るのも悪いしまあいいかなと登録したものだ。

 話は当然ながら質問から始まった訳だが、何を訊いたかと言えば意外にも「図書
館は何処だろう?」
 図書館巡りもしてるのだから意外ということはないだろうと突っ込まれそうだが
私が図書館の場所などを尋ねるのはむしろ稀な方である。家で調べ済みという場合
もあるし、そうでない時も公共図書館なら駅頭に掲げられた市街図に大抵載ってる
から訊くまでないからで、それと悪いことをしている訳ではないが、自分の行動を
あまりあからさまにしたくないという昔ながらの性格もある。
 今回鳥取から先は折り返しコース採るか、南下して瀬戸内へ抜けるか決めてなか
ったので福井に寄るかどうか判らず、図書館に関しても何も調べていなかった。た
だ古い記憶で、駅から少し遠いが市立図書館があるのは知っていたし、場所も駅の
地図ですぐ判るだろうからあえて訊く必要もその気もなかったのに、何故か「図書
館」という言葉が口をついて出てきた。今考えても不思議。「ソースかつ丼は何処
で食べられるだろう?」とか切り出すつもりだったのに。
 そしてこの質問に対するフロントの女性の答は私を驚かせるものだった。
 「図書館でしたらすぐ其処、駅前にありますよ」と彼女は言った。
 それは知らなかった。市立図書館が駅前に移転してきていたのだろうか。
 更に驚きの言葉が続けられた。「今なら未だ開いてると思いますが」
 時刻は既に夜の8時を少し過ぎている。県都とはいえ人口27万人ほどの地方都市
福井で夜8時を過ぎてもまだ開いている図書館があるとは想像もしなかった。東京
23区でさえ、夜10時まで利用できると話題になった07年開館の千代田区立千代田図
書館の例はあるものの、大抵は8時までで、渋谷区、大田区など7時閉館の処もあ
るというのに。世の中変わってきているのだろうか。

 まだ図書館が開いていると聞いては行くしかない。ソースかつ丼は後回しにして
教えられた福井駅東口へ直行。こちらは中心商店街や県庁、市庁舎などに向いた西
口が福井の玄関口なのに対しもろ駅裏だったのだが、近年福井駅が高架となりコン
コースを自由に通り抜けられるようになったことで、利便性が高まり再開発が進め
られている。その駅歩10秒の再開発ビルに図書館はあった。
 福井市立桜木図書館。アオッサと名が付いた1〜3階が商業フロア、4〜8階が
市・県の公共フロアという複合施設の4Fに開かれていた。因みにアオッサという
名は福井弁の「会おっさ(会おうよ)」から来ているという。
 
 上がっていけば東横インレディの情報通り図書館はまだ開いていた。福井市立桜
木図書館。しっかり21時までの利用が出来る(土日祝は18時閉館、朝は10時から)。
自動ドア越えて入ると直ぐ図書室だが、奥行もあり幅もありと堂々たるスペースを
構えている。そしてさすがに駅直結、館内この時間でもまだまだ賑わっていた。
 従来の市立図書館が移って来たのかと思ったが、そうではなく全くの新設である
らしい。福井市に図書館が一館増えた訳で喜ばしいことではないか。
 あまり時間もないので、館内軽く一回りし、新聞読んだだけでこの日はソースか
つ丼へと移行。詳しく見るのは翌日のこととした。

 翌朝東横インに荷物を預かってもらい福井駅コンコースを抜けて東口へ。ただし
まず足を向けた先は図書館ではなく駅前広場を挟んでアオッサとは逆の北側にある
えちぜん鉄道福井駅だった。沿線にある曹洞宗大本山雲水修行で有名な永平寺を訪
ねようというのだが、永平寺への関心はそれほど高くなくえちぜん鉄道に乗るのが
目的のようなものである。
 えちぜん鉄道は福井市から勝山と三国港への2路線持つローカル鉄道。福井市、
坂井市、勝山市、あわら市、永平寺町などが出資する第3セクター方式だが、営業
キロ53qの吹けば飛ぶような弱小鉄道会社である。
 しかし最近この小さな鉄道会社が俄然注目を集めマスコミへの露出も多くなって
いる。その焦点はアテンダントと呼ばれる女性乗務員達で、彼女たちの奮闘ぶりが
TVの情報番組などでも取り上げられ私も目にした。
 またアテンダント1期生の女性が、その誕生と成長の歩みを記した本を出し(嶋
田郁美著「ローカル線ガールズ」メディアファクトリー2008年1月出版)こちらも
世間へのアピール度は高い。私も読んだがお手本もマニュアルもない処から始め、
試行錯誤繰り返しつつ成長していく様子には共感するものがあった。正直に言えば
私がえちぜん鉄道に乗るのもアテンダント見たさが8割くらいは占めているか。
 ついでに書けば、最近アテンダント目当ての乗客が多くなり、営業的にはありが
たいもののいささかその扱いに苦慮しているとのことである。もちろん私はカメラ
向けたり、纏わりついたりなどしない。ただ会社を背負い、地域を背負う彼女たち
の仕事ぶりを見たいだけである。
 アテンダントは車掌とガイドの中間的なもので、次の停車駅などのアナウンスを
し、高齢者など手助けの必要な客の乗降をサポートし、無人駅からの客に切符を販
売し、バスの乗り継ぎを案内し、観光客の質問にも答え、時に車窓の風景をガイド
したりとその業務は多岐に亘る。ただ扉の開閉とか発車合図など列車の運行に関わ
ることはせず(其方は運転士が担当)あくまでも乗客専務である。
 その登場は2003年の7月で、えちぜん鉄道の開業と同時だった。えちぜん鉄道は
創業まだ5年でしかない(08年当時で)若い会社なのだ。ただし線路はざっと90年
前から敷かれている。

 実はえちぜん鉄道は蘇った鉄道である。嘗てこの線路の上は京都を本拠とする京
福電鉄が電車を走らせていた。しかし地方交通線が儲かる時代ではなく90年代以降
は万年赤字体質で先行きの好転も望めず、運行区間の短縮を打診するなど撤退も視
野に入れた経営がなされていた。そのため設備投資はおろか安全面の対策もおろそ
かになり、2000年12月と2001年6月の半年間に2度、電車同士の正面衝突という重
大事故を起こし、国交省から全線運行停止命令を受けるに至った。原因は最初がブ
レーキの破損、次は運転士の信号見落としによるものという。
 そして運行再開には ATSの設置など 100億円規模の安全対策を条件とされたこと
からそれは到底不可能と判断した京福経営陣は福井での鉄道事業の継続を断念して
事業廃止手続を取り、ここに前身の京都電燈鉄道部から続いていた90年の歴史に幕
が下ろされた。これが2001年10月のことである。

 それ以前6月の運行停止以後はバス代行となっていたが、混乱が続いていた。電
車とバスでは輸送力、定時走行性に差があり、積み残し、遅れが頻発したことから
マイカー通勤へ転じた客も少なくなく、そのため国道が渋滞して更なるバスの遅れ
を招き、それを嫌って一段と車への移行が進み、それが国道も裏道も車で埋め尽く
されるというほどの渋滞を生むという悪循環に苛まれ、沿線住民はもがき苦しんで
いた。
 この時運行停止前1日約8300人いた乗客の内36%が代行バスを利用し42%が自動
車(家族による送迎含む)に変わり、8%が路線バス移行という調査結果が残され
ている。残る14%は外出取り止めと見られていて、その中には福井市内の病院に掛
かっていたが、バスには長時間乗れないので通院を断念したという高齢者も少なか
らずいたと言う。また通学の足が確保できないことから福井市への進学をあきらめ
たり福井市内での下宿生活余儀なくされた事例もあったようだ。
 この交通混乱・生活混乱は約2年続いたのだが、その過程で沿線住民は無くした
ものの大きさというか、鉄道の存在感を身を以て知ることとなった。

 運行停止後京福電鉄が早々と事業継続の断念(放棄といってもいいか)を公表した
ので、県と沿線自治体により3セクでの存続か廃線ー恒久的なバス転換かが協議さ
れたが<税金を投入してまで赤字路線を存続させる必要があるのか><社会的イン
フラとして鉄道は必要不可欠>といった意見が交錯し容易に結論は出なかった。
 その中沿線住民は渾身の存続運動を展開していた。事故の前からも、京福が撤退
打診していたこともあり存続運動はあったのだが、もう待ったなしの状態に追い込
まれ、これまでとは比べものにならぬ盛り上がりを見せたと言う。署名を集め、県
知事、県議会へ陳情し、住民の熱い思いをアピールするイベントを開催しと存続を
訴え続けた。
 そしてそれが県と議会を動かしたか、流れは存続へと傾き、01年12月県議会が存
続請願を採択し、翌02年1月には県と沿線自治体の間で第3セクターによる存続が
合意された。
 この時の合意内容は資産取得・設備投資は県が負担し、運営面は沿線市町村が受
け持ち、県はタッチしないというものであった。このスキームは後に「福井型上下
分離方式」と呼ばれるようになる。負担額は県が @線路、駅舎、車両などの資産
取得及び初期設備投資40.3億円 A運転再開に必要な工事費7.6億円 B10年間に
渡る設備投資補助39億円、沿線市町村が @開業資金4億円 A10年間に渡る欠損
補助28.4億円で合わせて119億円に上った。
 住民運動が実り地域の足が守られたわけで、まずは目出度しではあるが、これだ
けの税金投入してのものだけに、地方交通線を維持することの難しさ、改めて感じ
ないわけにはいかない。
 えちぜん鉄道株式会社が設立されたのは2002年9月で、翌03年7月19日に運行が
再開された。その後アテンダントを導入するなどのサービス向上が評価され、04年
度242万人だった乗客も毎年増やし08年度には317万に伸びるなど経営は予想以上に
順調で、単年度黒字にもう一歩の処まで来ているそうである。
 
 私が乗り込んだのは朝9時過ぎの勝山行き。アテンダントは必ずしも総ての列車
に乗務しているとは限らないと聞いていたので、本日の運勢や如何にとホームへ向
かったのだが、幸いにも乗車口で笑顔のアテンダントが迎えてくれた。
 列車は1両、車内は空いてはいるが疎らでもないといった混み具合である。出発
すれば福井市街地から住宅地を過ぎ、数駅で車窓は田園風景へと変わっていく。こ
の路線は概ね九頭竜川に沿って越前平野を走り、白山を主峰とする両白山地の山裾
へと向かっている。
 3駅4駅で乗客の多くが降りて(病院があったようだ)車内は寂しくなり、アテ
ンダントの女性も手持ち無沙汰の様子だったので、傍へ来た折に1つ質問させても
らった。念のため書いておけば、これはアテンダントに話し掛けたいため無理やり
質問を捻り出したのではなく、乗車時から気に掛かっていたことである。
 声を掛けられたアテンダントの女性は、横へ来るとスッとしゃがみこみ下から見
上げるという体勢をとる。「お客様なんなりとお申し付けください」といった心持
ちが見てとれ悪いものではないが、いささかむず痒さ覚えないでもない。
 これはマニュアルで決まっているのではなく、アテンダント同士でやってみて良
かったことなどの情報を共有しあうことにより一定の型が出来てきたようである。
 私の質問は永平寺口から永平寺までの移動手段についてで、京福時代は永平寺線
という支線があって永平寺の傍まで電車で行けたのだが、全線運行停止期間を経て
えちぜん鉄道で再開となった時、此処ばかりは採算が悪すぎるということで廃線へ
と追いやられた。従ってこの6q余をどう行くのがベストかという疑問があり其処
を尋ねたのだが、スラスラと答えてくれた処ではどうやら無料レンタサイクルが利
用出来そうで、私にとっては絶好の展開となった。

 私の質問などアテンダントにとり他愛ないものだったろうし、今では大抵の質問
に答えられるようになっているそうだが、開業当初は想定外の質問を浴びせかけら
れ呆然となることもしばしばであったらしい。
 先に紹介した「ローカル線ガールズ」に依れば気に留めたこともなかった山の名
前を訊かれ、線路際に咲く雑草のような花の名を訊かれ、咲き始めのコスモスを撮
るにはどの駅で降りるのがいいのか訊かれ、病院の診療科を訊かれと「こんなこと
まで」という質問の続出で、極め付けとして鉄道マニアからは<MC6101形とMC
2101A形の駆動の違い、知ってる?>とマニアックな質問というより知識試しの洗
礼も受けたとか。
 そこで判らぬことは皆で調べて答を共有し、沿線情報を蓄積していく。車両に関
しても同様で、鉄道マニアが同じような知識試しを仕掛けてきた処「6101形は中空
軸平行カルダン式、2101A形は釣り掛け駆動式となっております。2101A形は釣り
掛け駆動モーターの中では、大出力の部類に入る90ワット出力車でした」とスラス
ラ答えてみせ、鉄道マニアがガックリと肩を落として立ち去っていく情景も描かれ
ている。
 いつの頃からか「お客様からのご質問には、分かりませんとは答えない」という
のが、アテンダントのポリシーとなっていたとのことである。

 永平寺口駅で無事レンタサイクル出来、風切って永平寺へ。拝観料 500円奮発し
て中へ入り、一回りしてきたが此処では特に書くことはない。
 永平寺に1時間ばかりいて、永平寺口駅へ取って返し、レンタサイクル返却して
再びえち鉄に揺られ福井市へと戻ってきた。帰りの列車にもアテンダントは乗務し
ていたが、この度は質問することもなかった。

 さて午後はアオッサ。福井市立桜木図書館へ。ずっと上でも書いたが奥行も幅も
あり、中々広い。入口から真っ直ぐ奥へと通路スペースが伸びていて(仕切りはな
いが)、進むと右手に長いサービスカウンターがあり、左手には書架が並び、処々
に閲覧席を配した図書閲覧スペースが広がるという構成になっている。
 書架は2重配列になっていて、文学関連の並ぶ1列目を抜けると4人掛けの円机
が6卓など閲覧席があり、更に一般書の2列目を抜けると新聞、少し離れて雑誌の
コーナーがある。此処ではブラウジングスペースと呼んでいるらしい。広いのでか
なりゆったりしたレイアウトになっている。窓を背にして椅子がずらりと32脚並べ
られているが、少しずつ間隔あけて配置されと、此処にも余裕を感じさせる。その
他ソファー席あり書架の側板背にしたスツールありと、正確には数えなかったのだ
が 100を超える席が用意されている。ただ福井駅ほぼ直結と言っていい交通至便の
館だけに入館者も多く足りなさ感はある。
 さて広さはと歩測してみたら、入口から真っ直ぐ突き進んで最奥までで(この稿
でいう奥行)48mと出た。この一番奥のスペースが児童書コーナーとなっている。
それほど広くはないがお話室はある。駅前の一等地過ぎて近くに子供住んでないん
じゃないかと思わせるが、心配無用とばかり親子連れで賑わっていた。
 そしてカウンター前から窓際までが(この稿で幅)35mだった。ただ児童コーナ
ーの横、入口から見て左奥の部分が何があるのかは判らないが欠けた構造になって
いるので単純に48m×35mの矩形というのではない。もっとも入口直ぐ右にカウン
ターより後ろの線まで入り込む形で地域資料・参考書コーナーが置かれているので
プラスマイナスして面積的にはその辺りか。これに事務室、書庫を加えれば、ざっ
と総面積2000u級の館ということになろうか。
 因みに図書館として学習室は持っていない。しかし5Fに市民交流プラザという
解放されたスペースが設けられていて、パッと見だが 100席ほどあるので、自習し
たい高校生などは此方を使っていた。

 館内に“福井市図書館だより 18(2007.11)”という6頁立てパンフレットが置
いてあったので1部もらってさっと目を通したが、この号のテーマは半年前に開館
した桜木図書館の紹介で、開館が2007年4月19日だったこと、館名はこの地に福井
城の桜木御門があったことに由来することなどが判った。また既存の館と並べた利
用状況も載っていて、福井市の図書館事情も窺え案外面白かった。
 
 福井市立図書館としてはこれまで市立図書館(本館)、みどり図書館の2館があ
った。他に美山図書館、清水図書館も福井市立冠してはいるが、この2館は旧美山
町、旧清水町にあった町立図書館を2006年の合併後に移管したもので、扱いは別の
ようで、利用状況のデータも載せられてはいない。
 ついでながら市内には県立図書館もあるが、市街地から遠く離れた、かなり辺鄙
な所に建てられている。

        2007年度利用状況(07.10.30現在)
          入館者数   登録者数(新規) 貸出冊数
  桜木図書館    233268人    5286人      141367冊
  市立図書館    119432人     772人      224282冊
  みどり図書館   152188人    1215人      335147冊

 上が図書館だよりに載っていた利用状況だが、各館の特色が濃厚に表れていて興
味深い。統計は4月1日起算だろうから19日開館の桜木図書館はスタートで遅れ取
っているが、休館日が既存の2館は週に1度及び毎月第3日曜日――この日を福井
県では条例で‘家庭の日’と定めている。図書館へ出掛けたりせず、家で家族仲良
く過ごしましょう、ということか。1967年からあるらしい――更に祝日と多いのに
対し桜木図書館は月に1度だけ(家庭の日も開いている)なので、開館日数として
は桜木図書館の方が十数日多くなっているだろうか。ついでながら<日本の図書館
統計と名簿>を見れば桜木図書館のみに委託スタッフ(Trcがいた)が入っている。
此処も開館日を増やし、開館時間も長くするというマジックの種を委託スタッフに
求めているわけだ。

 これを見れば1976年福井大学や福井藩校を起源とする福井のナンバースクール県
立藤島高校がある文教地区に開館した福井市立図書館(本館)は時代さながらに調
査や勉強での利用が多く、一般市民の利用はもう一つのようであり(新規登録者数
の大半は福井大や近くの高校の新入生ではないだろうか)逆に92年に福井駅から西
へ3キロ足羽山も通り越した住宅地に建てられたみどり図書館は貸出中心の「市民
の本棚」なのがよく判る。
 そして桜木図書館だが、際立つ入館者数の多さと貸出数の少なさ、立地、館様か
ら学術型でも貸出型でもない2000年代に即した新しい形を見て取れる。それはくつ
ろぎ、時間潰し目的の利用で、此処なら当然電車待つ間にという人も多いだろう。
私はこれをオアシス型と呼ぼうかなと思っている。
 
 新しい図書館だけにITもしっかり取り入れていて、入って直ぐ左側には情報検
索コーナーが設けられ、其処にはオンラインデータ用4台、インターネット用13台
の端末が置かれている。更に持ち込みのパソコンが使用できる席も9用意されてい
る。HPを覗けば、本館にはIN用端末は1台しかなく、みどり図書館にはその記
載もない。比ぶれば桜木図書館の電脳ぶりは際立っている。
 館内のやや奥まった別の場所には資料検索用端末があるが、その数12台。こんな
に検索端末並べている館も珍しいが、これほど要るものか。予算余ったのなら資料
に回せばいいのに、とつい思ってしまう。

 そして棚へと移るのだが、いつも書くことながら私には並んでいる本の良し悪し
は判らない。極めて特定の、私がまあ精通している分野の既読の本ならこれは良い
これは駄本と決めつけられるが、それは全体の 0.1%もないだろう。
 従って主に見るのは資料の分類の仕方で、そのポイントは利用者本位であるかど
うかに尽きる。その意味でこの図書館は落第。お粗末というか利用者不在も極まれ
りの感、呈している。
 そもそも大方が「188 ク」――本に貼られているのは3段ラベル――など3次分
類止まりで、4次は僅かに210日本史と330台経済くらいなものか。かなりな量があ
る 291日本地理、367家族問題、369福祉なども3次、500冊以上ある493内科学も3
次止まりの目を覆いたくなるようなごちゃ混ぜで、目当ての資料を探すのに、どれ
程の時間無駄にさせられることか。

 これまで何度も書いているが、3次と4次では大違い。4次ならまだ開架に対応
出来るが、ある程度以上の規模でありながら3次止まりで済ませているなど利用者
の時間と労力(視力)を無駄に使わせる手抜きの館と言っても差し支えないと思う。
 奇しくも此処の1つ前に訪ねたのが、5次から6次も厭わないという徹底分類の
鳥取郡家図書館だっただけに一層粗雑さが際立つ。 302政治・経済・社会・文化事
情も郡家図書館ではきちんと各国別になっていたのだが此処は 302という括りだけ
で約300冊が日本もアジアもアメリカもヨーロッパも一緒くたなのだから呆れるしか
ない。
 なにも本館、みどりの既存館がこれまで3次分類で来ているからといって芸もな
くそれを踏襲することもなかろう。折角新しい図書館を開いたのだから時代に合わ
せ分類も一工夫してよかったのではないか。何も最新機器並べるだけが新しさでも
ないだろうに。
 それにしても酷いものだ。球技も 783の一括りだけでカナ1文字の図書記号順に
なっているだけのごちゃ混ぜ。誰が考えても野球・ラグビー・バレーボールなど競
技別に並べた方が利用者に資することは明白だろうに、今時新設の館でこんな並べ
方採用する神経が判らん。
 最悪なのは 596料理で1000冊以上はあるのにこれまた一括りのごちゃ混ぜ。繰り
返すが1000冊以上ですよ。これで本を探せなど利用者を愚弄しているとしか思えな
い。福井市民怒らないのだろうか?。それともちゃんとした、まともな図書館を知
らないので、この杜撰な分類(分類などしていないが)を異常と気が付かないのだ
ろうか。
 
 ここで長くなるがまともな図書館はどう分類しているか見ておこう。例に引くの
は私が住む東京墨田区の区立立花図書館である。墨田区の図書館は近隣の区と比べ
れば本は少なく、施設も古ぼけていて、区民としてはさほど自慢できるものではな
いが、分類だけはしっかりしていて、そこは評価している。
 まず<596料理>という大枠がある。これが以下のように分けられていく。

    596.1   食品栄養・調理学
    596.2   様式別料理法・献立
    596.21    日本料理
      22    アジア料理
      23    西洋料理
    596.3   材料別料理
    596.31    ごはん・鮨
      32    卵・乳料理
      33    肉料理
      34    豆料理
      35    魚介料理
      36    保存食・漬物・冷凍食品
      37    野菜料理
      38    麺類
      39    調味料その他
    596.4   家庭料理
    596.41    お弁当(駅弁)
      42    野外料理・燻製
      43    季節料理
      44   パーティ料理
      45   なべ料理
      46   鉄板焼
      48   料理道具
    596.61   おやつ全般
      62   お菓子の歴史・教養
      63   パン
      64   和菓子
      65   洋菓子・アイスクリーム
      66   果物
    596.71   日本酒・焼酎・中国酒
      72   ワイン・ビール・ウイスキー
      74   カクテル
      76   茶(緑茶・紅茶他)
      77   ジュース・ミネラルウォーター
    596.81   テーブルマナー
      83   料理店案内・取寄せ
    596.9    食器・調理器具

 ご覧のごとく福井市桜木図書館が無分類の処を墨田区立花図書館は37分類してい
る。更に各項目の始まりには判り易い見出しの札が添えられているので目的とする
本が何処にあるか、ほぼ瞬時に判るようになっている。
 此処でシミュレーションしてみると、例えば夕食になべ料理を考えて何かヒント
得たいと図書館へ来た場合、墨田区立花図書館なら料理の棚へ行けば、直ぐに<な
べ料理>という見出し札が目に入るはずで、其処に並んでいる本を次々抜き出して
中味を確認していけばよい。どのくらい時間掛けるかはその人なりだが、7〜8冊
をパラパラと見、此れと此れがよさそうと思った2〜3冊を選ぶとして早ければ数
分でけりつけられるだろう。
 対して福井市桜木図書館はどうかというと、料理の棚へ行っても千何百冊一緒く
ただからなべ料理の本が何処にあるかなどまず判らない。そこでわざわざちゃんと
分類されていればする必要のない検索をしにいくことになるのだが、この時点で検
索端末を扱えない人は資料への道を絶たれる訳だ。東京でも時折館員に検索の手ほ
どき受けている人を見かけるから――やはり年配の人が多い――検索が出来ないと
いう人は少なからずいると思う。
 其処で館員頼る人もいるだろうが、あきらめて帰る人もいるはずだ。中には千何
百冊を端から背表紙のタイトル頼りになべ料理関連を探す人もいるだろうが、それ
こそどれほどの時間と労力無駄に使わされるのかという話になる。検索機を使えな
い目も弱った高齢者が、そういう苦行強いられるなどまさに老人虐待のようなもの
ではないか。 

 また検索機に向かっても要注意で、一般に検索ソフトには不備が多く、入力の仕
方によっては思うような結果得られない場合がある。
 私は桜木図書館では検索端末に触れなかったが、今回この稿書くに当たり福井市
立図書館のHPにアクセスして資料検索を試してみた。すると書名検索で<なべ料
理>と入力するとヒットしたのは5件と少ないがこれを<鍋料理>とすると67件出
てきた。<なべもの>だと17件で<鍋もの>は27件出る。<鍋物>は該当資料なし
で、<ナベリョウリ>なら50件、<ナベモノ>17件、<鍋料理>と<鍋もの>の掛
け合わせ検索で88件である。また内容検索も試してみたが、ヒットする数はぐっと
少なくなった(鍋料理で13件)。――HP検索では館指定が出来なくて上記の数は
本館、みどり、桜木3館合わせたもの――
 つまり日常よく見かける表記だからと、つい<なべ料理>とか<鍋物>で入れて
しまうと折角の資料の大半に行きつかぬまま終わってしまう怖れがある。一般人の
感覚では<鍋料理>も<鍋物>も同じなんだから同じように出ないものかと思うの
だが、現状検索ソフトの精度は其処までいっていないようである。
 
 シミュレーションに戻ろう。検索してダダッとなべ料理の資料一覧が出てきたと
する。次は内容の見極めが待っている。レシピ本を求めているのに鍋料理の薀蓄並
べた本を探しても意味がない。タイトルから判断できる場合もあるが固くいくなら
1冊づつ詳細ページに移動して素性の確認ということになる。それでよさそうなら
書名と記号をメモすることになるのだが、7〜8冊を選ぶとしてどれ程の時間費や
すことになるのだろう。桜木図書館の検索端末は新しいから印刷機能は付いている
だろうが、8冊分詳細票をプリントするのも資源の無駄使いだなあ。これを3冊に
すれば時間も資源も節約出来るが、その分資料との出会いが制限されることになる
からその兼ね合いが難しい。
 そしてやっとメモなり詳細票の束を持って棚へ取って返し、アとかカとかの図書
記号頼りに1冊づつ探していくのだが、今度は捜索範囲がかなり狭まるとはいえ固
まって並んでいるのに比べれば遙かに手間なのは説明待たないであろう。

 斯くして求める資料に行き着くのだが、墨田区民なら棚の本をポンポンと抜き出
し、パラパラと見て此れと此れにしようと苦も無く決められるのに比べ、福井市民
は何段階にも渡る余計な作業させられ、同時に貴重な時間も奪われている訳で、他
人事ながら気の毒でならない。個人差はあろうが2〜30分の違いは直ぐ出そうだし
人によってはもっと掛かるだろう。
 利用者全体で年間通して見れば、福井市民が捨てさせられている時間膨大である
ことは間違いない。これも棚が杜撰だから。手抜きの付けを利用者が払わされてい
るというやつで、福井市民怒るべきだろう。

 見出しの札もほとんど入っていない。マークとしては書架の側板と棚最上部に項
目記した札が張り付けられているだけだが、それも「政治」とか「経済」とか極め
て大まかな標記のみである。これでは十進分類表に精通していて「金融関連は 338
だったな」とか分かる利用者でもなければ、求める項目の群に行き着くまで経済な
ら経済の棚を端から1冊づつ見て行かないといけないではないか。
 また 360台「社会」の棚では「360 社会学・社会問題」と記された同じ札がズラ
ズラと9枚も並んでいる。芸も工夫も感じられずアホじゃないかと思う。「社会」
には労働問題もあれば家族関係、社会福祉もあるのだから、該当の棚ではそういう
標記掲げて少しでも利用者が探す本に到達しやすいよう考えられないものかと思う
のだが、まあこの図書館でそれを望んでも所詮無理というものか。利用者を皆目見
ていないのだから。

 では福井市の図書館関係者が利用者ではなく見ているものは何か、というと其れ
は「前例」というやつだろう。利用者のためどうすればいいかではなく、これまで
と変わらないことが何より大事という視点が見てとれる。
 これは飽く迄も推測だが、桜木図書館の開設に当たっては、部内からも棚の分類
配架を既存の方式より深化させようという意見も出たのではないだろうか。福井市
にも司書資格者はいるし隣県滋賀の図書館を見学に行った職員もいるはずだ。多少
なりとも図書館に関わった目で八日市、能登川、愛知川といった評判呼んだ館の棚
(4〜5次分類は当然のことで、その他本を探しやすい工夫が凝らされている)を
見れば利用者に資する資料の並べ方はどうあるべきか、自ずと答は出るだろうし、
滋賀の図書館に触発されるまでもなく、日本地理が地方別になっていない、球技が
競技別になっていない、料理が様式別にも材料別にもなっていないごちゃ混ぜの並
べ方に異議ある職員もいたと思う。
 だから当然<4次に深化した配架で>という意見もあったと思うのだが――出て
ないとしたら、其れこそ救いがない――其の不採用は棚が語っている。決定権を持
つ層が利用者より前例を重視したということだろうが、穿った見方すれば新設の桜
木図書館でこれまでにない分類配架をして好評博したら、市民から本館とみどりも
そうしろという要求が出てくるかもしれず、仕事を増やさないために旧来墨守に努
めた面があるかもしれない。<検索すればええじゃないか>とか言って改革案を封
じたんじゃないないかな。まあここらはもちろん推測だが。

 垢抜けた施設に最新の情報端末並べ、見栄えはいいのだが棚は旧態依然で利用者
不在、というより図書館員の存在感じられぬ手抜きの館だったなというのを今回の
纏めとしておこう。


                
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