墨田区立ひきふね図書館
漂着日 2013年4月から複数回
ひきふね図書館は2013年4月東京は墨田区曳舟の地に誕生した新しい図書館で
ある。これまでにこのHPで何回か書いているが、私は墨田区在住の身で、つま
り地元に一つ図書館が出来た訳だ。
図書館好きとして此れを喜んでいると思われそうだが、実はそのようなことは
全く無く、逆に何故このような図書館が出来てしまったのかと、鬱陶しくてなら
ない。まあその鬱陶しさは易々と造らせてしまった自らにも向けられているのだ
が。
そもそもこの図書館は区民が建設を要望したものでもなく、区民が知らないう
ちに計画が進み、区民の意見も聴くことなく(形だけはあった)造られてしまっ
たもので、住民を無視して造った図書館として日本の図書館史に残るくらいの代
物だと言い切っても差し支えない。
何故この図書館が曳舟の地に出来たかと言えば、それはただ再開発ビルの空き
スペースを埋めるためである。
曳舟では低層住宅群を大型ビルに纏めるという再開発事業が進行していて、事
業を進めるために京成電鉄駅前に建てられる22階建てビルの保留床(土地の高度
利用により生み出された床。一般に再開発事業ではこの保留床を売却することに
より事業費用を賄う)を購入しなければいけなくなった(押し付けられたとの説
もある)墨田区がその使い道に苦慮し図書館を引っ張ってきたという構図が区民
の間で囁かれている。
すなわち区民の文化的環境を高めるとか利便性を向上させるといった本来ある
べき図書館建設の出発点が違っている訳で、この図書館が少なからぬ区民に、歓
迎ではなく疎ましさをもって迎えられたのも、そこに起因している。
まあ動機はどうであれ図書館が1つ増えるなら、それはそれでいいではないか
という見方もできる。が、そこは東京23区でも貧乏なことでは他に引けを取らな
い墨田区だけに単純に区民が喜ぶような話にはならない。今回の場合、ひきふね
図書館は既存のあずま図書館と寺島図書館の統合館として設置され、ひきふね開
館に伴い両館は閉鎖されたので増えるどころかマイナス1となってしまうのだ。
しかも墨田区の中央図書館(区ではこの名称は使ってないが)で最も広く、蔵
書も最多のあずま図書館と1929年開館という墨田区で最も歴史ある寺島図書館を
統合するからにはそれに見合うだけの規模と機能を有する図書館であるべきが、
出来合いの施設押し付けられたがために大して広くもないのに2〜5階と多層階
に分かれて使い勝手も悪く、座席も十分ではない上、開架に並ぶ冊数もあずま1
館より少なくなるとあって「わざわざ2館潰してこんな図書館造る意味はあるの
か」と区民は怒り募らせている。
もちろん反対運動はあった。区民有志が「あずま、寺島図書館を存続させる会」
を結成し、墨田区に対し両館の存続を訴えた。これは新図書館の建設に必ずしも
反対するものではなく飽く迄もあずま、寺島の廃館に反対するものであったが、
「地域住民の意見を聞いてから計画を進めるべきなのに順序が違う」と墨田区の
やり方を強く批判もしている。
実は私が統合館のことを知ったのはこの「存続させる会」がネット上に立ち上
げたHPによってであった。2008年初夏の頃だったか、たまたま夜に家で何かを
調べているうちに、どういう繋がりからだったかは忘れたが何故かあずま、寺島
両館の存続呼びかけるページが現われ「なに統合新図書館、こんな話何時の間に
決まったんだ」と驚いた記憶がある。
この統合館計画はのちに知る処では07年9月の区議会区民文教委員会で提示さ
れていたのだが、区からの広報といったものは何もなく、その頃はほとんどの区
民は知らなかった。言い方変えれば区民に知らせることなく密かに計画進めてい
ったということになる。
存続運動は2008年3月に立ち上がり、書名を集め、議会に請願しと活発に動い
たが、区は<見直しは行わない><現在の施設を残す考えはない>とゼロ回答で
応じ、区議会も〈(請願の)趣旨にそうことは困難である〉とあっさり却下して
成果を得ることはなかった。
私はというと心情的に応援はしていたが、存続活動に直接関わることはなかっ
た。唯一あずま図書館の前で署名求められたので応じたくらいだったか。理由と
しては私にとってはどちらも利用頻度が低く、それほど重要視してない図書館だ
ったということがある。
あずまは墨田区の中心館で最も広く蔵書も多かったし、家から自転車5分なの
でかつてはよく利用したものだが、いつの頃からか雰囲気的に好まないものを感
じて足が遠のき、この頃は月に1回も行ってなかっただろう。
寺島に至っては積極的に使う理由もなく年に1、2回覗く位なものか。
この頃は墨田区より隣の江東区の図書館(複数)を多く利用していて本を借り
るのもこちらの方が圧倒的に多いという状況で、あずま、寺島が無くなるという
事態にさほど敏感に反応するということもなかった。
無論区民の意見を聴くこともなくこういう計画を打ち出してくる区のやり方は
不快であり、高齢者や児童といった弱者にとり図書館が遠くなる大変さも判るの
で、存続運動が何らかの成果得られればいいなと思いはしたが、我が事とは出来
ず終始傍観者のままであった。
そして2008年から09年と時は移っていくのだが、墨田区からは説明もなにもな
いままである。「存続させる会」が情報を求めると、多層階になることや工期、
設計事務所名など小出しで開示したようだが、広報されることはなかった。
また区民、利用者の声を聴こうという姿勢も皆無で、もともと墨田区には「図
書館協議会」も設置されてなかったのだが、新たにどういう図書館にしていくか
区民を入れた協議会、検討会といったものが作られることもなかった。教育委員
会に設置を持ちかけた区民もいたようだが <検討させていただきます> の一言
で終わりだったようである。
08年6月の区議会で共産党区議に「区民は何も知らないではないか。どうする
つもりか」と糺された区長、教育長の答弁は <具体的なことが決まってないの
で報せることがない。決まった段階で周知に努める> という弛んだもので、区
民と共に図書館を作っていこうという姿勢は欠片も見られない。
実際区民がどういう図書館になるのかを知るのはそれから2年以上経ってからの
ことだった。
区議会と言えば私は国会審議なら多少興味持ってTV中継やネット配信などで
よく視るのだが、区政はノーマークというかほとんど関心持つことなく、当時も
区議会で何が論じられているか気にすることも無かった。
大体墨田区は定数32のうちいつも5議席の共産党くらいが野党的立ち位置で、
(2011年区議選から墨田オンブズマンという1人会派野党が生まれているが)後
はみな区とは協調姿勢とあって何でもシャンシャンと決まっている気配があり、
興味ひくこともなかったのだ。
したがって当時区議会で統合館計画というものがどう取り上げられていたか気
にもしてなかったのだが、のちに(ひきふね開館後だが)議事録当たってみたら
結構突っ込んだやり取りもあり「ほう墨田区議会も学芸会やってる訳でもないん
だな」と少しは見直した。
例えば08年2月から3月の予算特別委員会では共産党が見直し求めているのは
予想通りだが、自民党区議も「場所が悪い、形が悪い、多層階で無駄が多い。あ
んな保留床買わねばならないのか。図書館のための購入ではなく、まちづくりを
成功させるための債務負担行為ではないか」と迫り、また違う自民区議も「図書
館先にありきという議論ではない。買わなければ再開発は出来ないんだと、再開
発やったのだから買わなければならないと、それでは買った以上は何に使おうか
と、中央図書館構想があるのだからそれにぶつけておけばいいではないかと、こ
んな感じである。見方によっては区民をだましたことになる」と区側を攻め立て
ている。
この見幕は事前に説明がなかったことや、出された予算案に不備があったこと
に怒っているからでもあるのだが、統合館計画の本質をよく突いている。
それにしてもこの頃区議会でこういうやり取りあったとは知らなかった。私な
ど共産党の他は「図書館造るの? いいじゃないか」とばかり保留床購入の予算
案にもホイホイと賛成したように思っていたが、そうではなかったようだ。
ただ区側は説明不足をひたすら詫び、寺島の老朽化から新図書館建設が急務で
あることなど低姿勢で訴えて、結局は保留床購入の予算案は通り、実質的に統合
館計画は承認されることとなる。
次に掲げるのは08年6月議会における共産党区議の発言の一部である。
「本来図書館をつくる場合は、地域住民や関係者の声もよく聞いて、時間をかけ
て基本計画を策定し、それに基づいて建設を進めるのがあるべき姿です。どのよ
うな設備が必要なのか、どのような機能を持たせるのかなどを十分に検討し、お
のずと器の規模も決まってくるものです。ところが今回の計画は再開発ビルのテ
ナントどう埋めるのかが先行しその器に無理やり合わせるものになっています。
関係者の話でも、図書館の職場で計画の概要を聞いたのは今年1月に入ってから
で、具体的な検討は3月から、しかも基本的な内容はほとんど決まっていたとい
うことです。このようなやり方で、本当によい図書館ができるのかどうか疑問で
す」
これは私の考えと一緒であり、少なからぬ区民が統合館に対して抱いている厭
な感じと懸念の核心を的確に捉えていると思うので紹介した。
これとまともに向き合えば図書館論議も深まるのだが、区長、教育長の答弁は
適当で、軽く受け流しただけである。
また後段に対する否定は無く、図書館に話が下りてきた時には相当なことが決
まっていたと見られる。それは具体的に言うと再開発ビル内という場所はもちろ
んのこと、図書室、事務室、書庫などの広さ配置構成などである。
そしてそれは何処が決めてきたのかというと都市整備部という再開発担当部局
で、ここからも再開発ありきがよく判る。
2010年4月だったか当時の中央館であるあずま図書館に電話を入れた。08年、
09年と何かと忙しく東京にいないことも多くて、統合館のことも頭の隅っこに程
度だったのだが、この頃余裕も出来「さてあの話どうなっているんだ」と情報取
りに行ったもの。なにせこの時期でも区からの広報はなし。図書館に行っても統
合館計画に関する掲示1枚ない有り様だった。あずまに掛ける前には墨田区の広
報広聴係へ電話して「中央図書館建設に関して広報はあるのか?」と訊いてみた
が答は暫く調べた後 <何もないです> というものだった。
で、あずまへ掛けた訳だが、用向き伝えると主査という肩書の男性職員が出て
きた。館長、次長に次ぐ3席とのことだが、名前聞いて「あああの人か」思い当
った。それまで会ったことはなかったのだが、墨田区の図書館関係では知られて
いる人で、図書館関連雑誌の座談会に呼ばれたりもしている。専門職という制度
はなくなっているのだが、移動することなく十数年に渡り図書館で仕事していて
墨田区図書館運営の中心であると聞いている。
この時統合館の概要や開館が当初言われていた11年から遅れて12年になるだろ
う(実際は更に遅れて13年になった)ということ、また開設に向け区民の意見を
聞く利用者懇談会を夏以降になるが開く予定でいることなどの情報得た。
更にその後、どういう流れでそうなったかは忘れたが09年に開館した葛飾区立
中央図書館のことや、主査が司書資格も持ち図書館志望で墨田区へ入庁してきた
けど、図書館に配属されるまで9年掛かったことなどを雑談的に話した。穏やか
で利用者の声を聴く耳持ってる人だなというのがこの日の主査の印象であった。
その利用者懇談会があったのは2010年10月30日のこと。「図書館事業に関する
ご意見をうかがう会」という名称が付けられていた。墨田区で図書館に関し区民
の意見を直に聞く会は多分これが初めてだろう。定員50名の事前申し込みが必要
な会で、私は電話で申し込んだのだが、その折「事前の登録なんかいらないだろ
う。フリー参加でいいじゃないか」と言ったら電話の向こうの職員は困惑した様
子で「現場もその意見なんですが…」と歯切れ悪かった。教育委員会上層部から
圧力掛かったか。役人の通弊として物言う住民の名前押さえておかねば不安なん
だろうか。
当日は季節外れの台風接近で荒れ模様の天候となり、これは出席見合わせる人
もいて閑散とした会になるのではないかと思いつつ会場のあずま図書館がある中
小企業センターに行ったのだが、案に相違し満席の盛況だった。ああ図書館に思
い入れある人多いのだなあと今更ながら思い知らされた。ただし土曜日だったが
青壮年層の参加は少なく年配者が大半である。
中味も盛況と行けばよかったのだが、所詮この会も <区民の意見は聞きまし
た> というアリバイ作りのために開かれたようなもので、教育委員会側の受け
答えには出た意見を図書館行政に生かそうという姿勢が乏しく、それほど実りあ
るものとは感じられなかった。
印象に残ったのは、この時初めて新図書館の館内図が配られていて、朗読ボラ
ンティアの人から録音室のレイアウトに難点があるので手直しをという声が出た
のだが、この日専ら質問に答えていた当時のあずま図書館長(教育委員会課長)
が「いやあもう無理です」とあっさり拒否したこと。
この頃件の再開発ビルは本体工事が始まったかどうかという段階で、軽微な変
更などいくらでも出来そうなものだがまるで取り合わなかった。
これを見ても区民の声を聴くなど所詮ポーズに過ぎないことがよく判る。墨田
区役所内部に詳しい人がのちに語った処では、役所の中で教育委員会というのは
意外と弱い部局だそうで、都市整備部などと折衝するのを躊躇わせるものがあっ
たのだろうとの見立てだった。
「そこを調整して不備を解消するのがあんたの仕事だろう。仕事する気ないの
か」とでも怒鳴ってやれればよかったのだが、その時私はまだ発言前で、何を言
おうかポイント絞るのに気を取られていて、対応できなかった。
後で順番回ってきて私も発言したが、あまり大したことは言ってない。「区民
の声聴くの遅すぎるだろう」とかいちゃもんつけた程度である。
この会は翌年も2回開かれたが、私は出ても得るところないなともう参加して
いない。実際後で図書館のHPに掲載された質疑応答読んだが、低調なものであ
った。
尚念のため書いておくと、後日知る処では朗読ボランティアの人から出た録音
室の不備は、物足りないながら多少は改善が為されたとのことである。さすがに
あきらかな不備を放置は出来なかったのだろう。ただし統合館に関し、利用者の
声を受けて改善施したといった例はこれ以外聞くことはない。
2012年5月、あずま図書館の館長、次長との面談があった。個人レベルのもの
である。繰り返し承知で書いておけばあずまは当時の中央館であり、墨田区では
図書館関連の事務管理部門はあずまに集約され、あずまの館長が他の地域館も含
めた図書館全体を統括する体制になっている。
この年4月から各図書館、図書室(墨田区はこの当時5図書館3コミュニティ
会館図書室体制。教育委員会所管の図書館と区民活動推進部所管の図書室が同じ
図書館事業をやっているという滅多にないいびつな区政にも触れたいが、それこ
そ果てしなくなってしまうのでこのページではスルー)に置いてある雑誌の編成
が大幅に変わったのだが、目録がHPでも印刷物としても出来てなくて「こんな
ものにいつまで掛かってる」と4月中旬のある日あずまで一声発して帰った処、
その日は日曜で幹部職員は出勤してなかったようだが、翌朝次長からお詫びと雑
誌目録はほどなく公開できる旨の電話が来た。
次長は以前電話で話した図書館に詳しい主査だった。専門職(制度はないが)
として万年主査で終わるのかと思っていたが、この春から次長に昇格していた。
ひきふね開館を控え、図書館をよく知る人間を要のポジションに据えるのが得策
と教委上層部も判断したのだろうか。
先方の用はすぐ終わったが、丁度いい機会と私から面談持ち掛けてみた。前々
から考えていたことで、図書館についてある程度のことは判っていても、選書の
体制など運営システムには判らぬ点も数々あったので訊いてみたかったのだ。
幸い快諾してくれて、日時も決まった。
前から頼むならあの主査だなと決めてはいたものの、中々こちらから話持って
けなかったのだが、思わぬことがきっかけとなり、実現の運びとなった。
面談は5月初めの午後あずま図書館の事務室であった。次長に請じられ初めて
あずまの事務室に入ったのだが、案内されたのは1番奥にある館長の席だった。
そして館長とも挨拶し名刺も貰ったのだが、私は墨田区図書館の疑問について次
長から教え受ければよかったので、館長との顔合わせは全く考えていず、いささ
か面喰った。
館長はこの春替わっていて、新任の館長は女性だった。女性館長で喜んだとい
うことはないが、前館長のイメージがあまりよくないものだったので、館長交代
は良いことかなとは思った。この館長、次長のコンビがあずま、寺島の廃館、統
合新図書館の開館という事業を担っていくことになる。
そして面談はそのまま館長の前で始まった。館長の机に接するように打合せ用
とも思える小机が置かれていて、其処に次長と向き合って座ったのだが、自席に
いる館長との距離感が何とも微妙である。
果たして館長は面談に参加しているのか? この席で話始まったのはそのため
か? それとも他に話する適当なスペースがないので此処になったのか、も一つ
よく判らない。
館長はパソコン開き仕事しているようでいて、こちらの話にはしっかり耳を傾
けている。次長とは数十センチ、その斜め後方の館長とは1m強という間合いだ
ったか、十分話に入れる距離だけに館長のどちらとも取れる姿勢は、どう対応す
べきか、私を迷わせる。面談に参加しているのなら次長とばかりやり取りするの
は館長を無視してるようだから何か館長向けの質問でもした方がいいだろうし、
場所が無くてこの席になっただけなら仕事の邪魔は避けるべきだろう。
さあどうしたものか。気もそぞろと言うほどでもないが、幾分集中力欠いたま
ま面談に臨むことになった。
まあこの日は意見交換ではなく次長に教え受けるために来たから、多少気合そ
がれてもそう問題はない。用意してきた質問連発して答えてもらった。
その内容は、図書館の人材面、選書・除本・装備のシステム、委託スタッフの
指導体制と契約業務の範囲、その将来的な拡大の可能性並びに運営面・財政面に
おけるプラスとマイナス、図書館とコミュニティ会館図書室の重複問題、これか
らの図書館像、地域館充実への道筋などであった。
統合館に関してももちろん訊いた。決定権は何処が持っているのか、図書館サ
イドの意見は通るのか、予算減など既存館への影響はあるのか他だが、別段特命
チームのようなものがある訳でなく現図書館スタッフで開館準備に取り組んでい
るとのことだった。その割には区民の方向いてないなとは思ったのだが、面談の
趣旨もあり意見は控えた。
ただ途中「所詮再開発ビルの空きスペース埋めるためでしょ」くらいのことは
言った。また「いい図書館にはならないでしょう」とも言った。常々区民、利用
者の声も聴かずいい図書館が出来る訳がないと思っていたからポロリと本音が出
たのだが、この時館長から「私たちはいい図書館になるよう頑張ってるんです」
という反論があった。その意気やよしだが立地、構造に問題もあり区民が「おお
良い図書館造ってくれた」と得心することはないだろう。これも思っただけで言
わなかったが。
統合館に対する要望も出しておいた。此処で要望出すのもこの何かにつけて気
に入らない統合館に期待するようで葛藤もあるのだが、今更建設が止まる訳もな
い。どうせ出来るなら少しでも使い勝手よくする方が得策だろう。
要望は2つ。1つは専任のスタッフが常駐するレファレンスデスクの設置であ
る。あずま図書館にはレファレンスデスクそのものすら無く、これが墨田区の中
央館かと常々恥ずかしく思っていたので、丁度いい機会と注文付けてみた。これ
には「当然その心算でいる」との館長、次長口をそろえてのハッキリした回答得
た。
もう一つは新聞雑誌コーナーの椅子はベンチなどではなく背もたれ付きのゆっ
たり過ごせるものにして欲しいというもので、いまどきの図書館はくつろぎ感が
必須という私の持論に沿ったものである。こちらは確約とはいかないが、趣旨は
充分通じたようであった。
其れとこの日次長から90年代の初め頃までは墨田区にも職人芸的なスキル持つ
図書館員が何人もいたという話も聞け、得るものあった面談だった。
2012年秋頃からだったか、墨田区議会の1人会派 ≪すみだオンブズマン≫ か
ら統合館建設にまつわる疑惑が発信されるようになった。オンブズマンのHP、
新聞には<官僚ビジネス>の文字が頻発する。
内容は、図書館が入る再開発ビルではデベロッパーとして首都圏不燃公社とい
う国土交通省系の独立行政法人(天下り法人とも表記している)が暗躍し、売れ
残りそうな2〜5階部分を墨田区に相場より高い価格で押し付け不当な利益を上
げているというもので、もちろん矛先は税金を無駄に支出する墨田区にも向けら
れている。
オンブズマンは言う。「この再開発ビルの事業原価は51億4200万円(土地15億
6800万・建物35億7400万)だが、墨田区は専有面積として3分の1にしかならな
い2〜5階(約1000坪)を総額の5割以上となる30億6800万円で購入している。
これは坪単価 300万にもなり、周辺相場が 180万程度なのに対し異常な高値であ
る。本来店舗に向かず、住宅としても日照や眺望などから人気がなく売れ残りや
すい2〜5階部分なら逆に3分の1以下で買えるはずだ。この高値づかみには疑
惑がある。また30億という価格は10億円の内装費込みで、これも坪単価で98万円
にもなる異常な高値で床取得と一体の形で――区が入札で業者を選び内装費を抑
えることは出来なくなっている――契約させらている。墨田区民の税金の使われ
方はこれでいいのか」
読んだ感想は「やっぱりそういうことがあったか」といった辺りか。どうもこ
の再開発ビルの床購入には胡散臭いものを感じていただけに胸にスッと落ちるも
のがある。本体価格にも疑義があるが、内装を10億円で押し付けられているのは
なんとも怪しい。オンブズマンに依れば、内装費に関する資料は不燃公社が出さ
ず、実際幾ら掛かっているかなど詳細は不明という。
ひきふね開館後だがオンブズマン主宰する区議に「墨田区は何故こんな不利な
取引を呑んだのか?」を訊いた処「やはり不燃公社が都の外郭団体だけに、甘い
汁を吸わせておけば後に何かと見返り期待できるからではないか」という答だっ
た。
また知り合いの墨田区職員にもこの床取得について訊いてみた。再開発には関
わってないが、現役の職員だけに一応のことは知っている。まず疑惑説は否定し
た。不燃公社がデベロッパーとして立ち回ったことは事実だが、此れは再開発の
区画に土地を持たず、再開発組合に入れなかった墨田区の要請によるもので暗躍
というようなものではないと言う。取得価格もやや歯切れは悪かったが、実勢と
そう乖離したものでもないのではと。更に内装費の10億円に関しても、これには
自動書庫1億5000万円と書架7000万円が含まれているので、異常に高いとも言
えないだろうとの見解だった。
なるほど、立ち位置が違えば見方も変わる。真実は?といった処だが、確証は
無いけれど私の判定はオンブズマン寄りか。どう見てもこの取引は怪しい。力関
係で無理やり押し付けられたというより、再開発を成功させたい墨田区と半官半
民とはいえ利益を上げなければいけない不燃公社には阿吽の呼吸というか癒着が
あり、厳しい査定など行われなかったのだろうと見ている。実際の内装も大した
ものではなく精々坪40万位と見られていて機器類加えても10億するはずもない。
本体で数億、内装で数億、全体では10億円近い税金が無駄に流出しているのでは
ないかと踏んでいる。
しかしこのオンブズマンの告発は大手マスコミの追随も無かったので、区民の
間ではそれほど広がりはしなかった。多分こういう告発があったことも知らない
区民の方がずっと多いのではないだろうか。
そして時は移って2013年4月ひきふね図書館は開館を迎えた。この「曳舟」と
いう地名をひらがなにした館名も、公募などはなく(墨田区はそんな手間の掛か
ることはしない。また人・予算にその余裕もない)誰が決めたかも判らぬままひ
っそりと12月に公表されていた。もちろん決められたのはずっと前で、公表前か
ら銘板も掲げられていたが、それは覆いで隠されていたという。
このように決定事項をどんな反対があったも覆らないというぎりぎりまで隠し
通し、公表の後は <もう決まりましたので><時間がありませんので> と反対
の声を抑え込むのが墨田区役所の伝統芸のようなものだが、図書館建設に当たっ
ても遺憾なく発揮されている。
ひきふね開館に先立ち寺島が1月5日、あずまは2月1日から返却と予約の受
付引き渡しのみという実質閉館に等しい業務縮小体制に入っていたが、3月20日
をもって全業務終了し、その歴史に幕を下ろした。
私が最後にあずま図書館へ行ったのは館内の利用がもうすぐ出来なくなるとい
う1月末だった。お気に入りでもなかったが、墨田区の中央館だけに 100回以上
は来ている図書館。「もう来ることもないか」と思えば一抹の寂しさもある。そ
の喪失感と言ってもいい感覚は後継のひきふね図書館に対し「我らの図書館」と
でもいった親近感がまるで感じられないことと一体を為している。
ひきふねの開館は4月1日だったが、その頃私は旅行中で、足を向けたのは帰
京後の10日過ぎだったか。開館10日余りの新しい図書館訪問だがワクワク感とい
ったものは一切なし。敵地へ乗り込むというほどでもないが「どの程度に仕上が
っているか検分してやろう」といった構え方である。
いざ開館という時迎えてもこの図書館には受け入れ難い思いが強い。何か正統
でないものが、正統の顔して首座を占めているかの違和感がある。
少なくとも再開発ビルの空きスペース埋めるために押し込んだこの中途半端な
図書館造られてしまったが為、今後数十年墨田区民は真正の中央図書館持てなく
なった(絶対ないとは言えないけど、貧乏な区の財政事情などからみて可能性は
極めて低い)訳で、それを思えばこの図書館を見る目は自然と険悪に為らざるを
得ない。そうさせたのもまた区民の責任というのは重々承知しているのだが。
さてようやくにしてひきふね図書館へ辿り着いた。
何度も書いているように図書館は22階建てビルの2〜5階を占めている。ただ
5階は事務室、会議室なので利用者が行き来するのは通常4階までということに
なる。上階は住宅(マンション)だが、住民とはエントランスもエレベーターも
別なので動線が重なることはない。
図書館エントランスは2F。入れば右に総合カウンター。開館まだ日も浅く案
内に追われているからか重なり合うばかりにスタッフが分厚く配置されている。
ただしこの人達は返却本を受け取ることもなければ貸出手続きもせず、予約資料
の引き渡しもしない。それらは総て利用者が機械相手に黙々とやるシステムにな
っていて、利用者は図書館スタッフと触れ合うことも無く帰っていく訳だ。
「図書館員たる者出来る限りカウンターに立ち、利用者との会話、利用者のひ
と言、ちょっとした態度から、人びとが何を図書館に求めているか、何を喜んで
いるか、何に困っているかを敏感に感じ、本の選択に、図書館の運営に生かさな
ければ、良い図書館にはならない(石井敦、前川恒雄共著『図書館の発見』より
抜粋)」とは昔からよく聞くことではあるが、この観点に立てばひきふね図書館
は最初から良好な図書館への道を放棄している訳だ。
あと2Fにはプロジェクトコーナーと名が付いたイベントや展示のためのコー
ナーがある。約10m×5mとそう広くはない。
階段で3Fに上がるとここにもカウンター、4Fにもありそれぞれスタッフが
張り付いている。改めて多層階施設は管理コストが掛かるなと感じさせられた。
此の階には新聞雑誌コーナー、文芸関係、趣味生活関連の資料が置かれ、4F
にその他社会科学、自然科学などの一般書が集められているというまあよくある
オーソドックスな構成となっている。
そして児童関連は何処かというと、此れは2Fにメインエントランスとは別の
出入り口を構え「こどもとしょしつ」として独立した施設の如くに設けられてい
る(内部のエレベーターでは上階の成人フロアーと繋がっている)。もちろん専
用のカウンターがあり、2〜3名のスタッフが常駐している。児童と一般成人が
同じフロアーだったりすると、よく成人のエリアを小児が駆け回ったりと騒がし
いこともあるのだが、此処は別区画なので子供が気安く入り込むこともなく、静
寂保たれてその面ではいいかな。
ただ逆に成人男性が児童室に入り難いという問題もある。男の中にも児童書に
関心ある人間もいる。私の若い頃に「いま児童文学が面白い」などと新聞文芸欄
にも取り上げられるなど児童文学に光当たった時期があって、その時今江祥知、
奥田継男、ジョン・ロウ・タウンゼントなどを読んだ記憶がある。もちろん大人
の男が児童室を利用していけない理由もないのだが、そこはそれ母と子のスペー
スとのイメージもあり、入口も別となるとドア開けて(自動扉だが)入っていく
のもいささかの勇気要する。私など歳とって図太くなっているから平気で入って
いくが、気弱な若い男性は足が進まないかもしれないな。
まあそういう人には気にするほどのこともないと言っておくか。因みに私は何
回も入っているが、スタッフからも利用者の母親達からも「こいつ何しに来たん
だ」的な訝しげな眼を向けられたことは1度もない。
ひきふね図書館のメインである3階、4階を一巡。図面では見ていたが、実見
すれば想像以上に狭い。図書館床面積3393uあると謳っているからそこそこの規
模はあるのだが、なにせ4フロアーに分かれ、細長い上にくの字に曲がった形し
ているので利用効率も悪くやけに狭く感じる。
まあ実際狭いのは間違いない。折れ曲がった一方京成電鉄側の区画など幅が約
7mしかないのだから。トイレを覗いてみてその狭さにびっくり。3、4Fの奥
まった所にある学習席の狭苦しさにまたビックリといった具合である。書架も効
率重視で高く設えられているが、これがなんと天井にまで届いていて概ね7〜9
段ある。スカイツリー側など棚間は暗く、これではまるで書庫じゃないか。今時
そこそこの自治体の新設の中央館といえば天井の高い広々とした開架室に低い書
架が並び、開放感があって明るいというのがスタンダードなのだが、それに背を
向け「昭和」引っ張ってきてどうする。まあこうするしかなかったんだろうが、
区民としてはため息が出る。今はどの棚も上部2〜3段は空のままだが、この先
蔵書増えてくればここにも並べるのだろうか。しかしそれも扱い大変そうだが。
また書棚の奥行も約40p(両面で)とコンパクトに誂えられている。更に雑誌
も通常は表紙全面見せで並べられているものだが、此処ではスペースの制約から
半分重なった半見せの実に窮屈な棚となっている。
限られた空間に一通りのものは詰め込もうとあの手この手が駆使されていて、
設計者の苦心のほどが窺えるが、それがまたこの図書館の狭隘さ浮き立たせても
いる。
座席は窓際にカウンター席、奥まった処に机の席が設けられていて施設概要見
れば 127席あるとなっているが、この図書館はこれでも墨田区の中央館にして東
武鉄道、京成電鉄2路線の駅前という好立地だけにこの数ではとても間に合うま
い。それを見越してか、3分の2を予約席にしている。2時間と時間を限ること
で(空いてれば再度予約して延長も出来るようだが)少しでも回転良くしようと
の目論みで、苦肉の策でもあるんだろうが、フリーの席がこんなに少なくてはや
はり不味いだろう。
そして以前「くつろぎ感のある背もたれ付きの椅子を頼みますよ」と注文付け
ておいた新聞雑誌コーナーの座席はというと、これがなんと無い。通常新聞雑誌
のコーナーには専用の席が設けられているものだが、このひきふねの新聞雑誌コ
ーナーにはソファーはおろかベンチもスツールも置かれてない。新聞閲覧台が1
つあるだけである。
これには呆然とするしかない。注文には前向きの感触得ていたものの、ソファ
ーなんかだと寝込む輩出ること嫌って背もたれのないベンチ系で済ませるかもし
れないな、位の事は考えたが、椅子の影も形も無い事態は想像もしなかった。
しかし今時新設の館で新聞雑誌コーナーに座席を設けてないなど有り得ないこ
とだ。ましてやどう考えても席の絶対数不足は判り切っているだろうに。
新聞雑誌の置かれた区画も確かに狭い。だが雑誌の棚の前には空間もあり、そ
の気になれば十席程度構えることは十分可能である。
そうしていないのは何故かという処だが、私が想像するに設計者の意図か墨田
区の狙いなのかは判らないものの内装の感じなどから見て設置者側としてはこの
図書館をスタイリッシュで垢抜けた都会風の雰囲気持つ施設として運営していき
たいようである。Trcスタッフもチーフ格は男女ともスーツ姿で勤務していて、
その辺りにも狙いが表れている。
そのため広くもない新聞雑誌コーナーに席を並べると狭苦しく猥雑な感じにな
り意図した雰囲気壊れると思い席は設けなかったのだろうと私は見た。利用者の
利便性より見てくれ重視という処か。
ただその思惑はものの見事に外れてしまっている。なぜなら雑誌の棚の前では
席のない利用者がざっと10人肩寄せ合うように立ち読みしていて、それだけでも
う十分猥雑になっているのだから。30年前の図書館か。
更には雑誌の棚のすぐ脇にある窓の下使った2段の低い書棚を椅子替わりに使
っている輩がいる。書棚は4人ほど座れる幅があり、この時は3人座っていた。
書棚に腰掛ける利用者。なんとも悍ましい光景でこれを墨田区立図書館で見る
日が来るとは夢にも思わなかった。館員も見て見ぬ振り。まあ座らないでと言っ
ても <席が無いんだから仕様がないだろう> と返されたらそれ以上言えないだ
ろうな。
私も図書館でうるさくする奴などには注意したりするが、この件ではスルー。
私なら館員と違い「席が無いからと言って書棚に座っていいのか。常識持ってな
いのか」くらいの事は言ってやれるが、それで座るの止めさせたとしても高齢者
立たせて気持ちがすっきりするものでもない。
第一図書館側が書棚に座らせないようにしたいなら上に本でも装飾物でも置け
ばいいのだ。さすがにそれを押しのけてまで座らないと思う。開館10日以上経っ
てるのだからそのくらいの知恵は働くだろうにそうしてないということは、奨め
ないまでも黙認ということだろうか。
いずれにせよ洒落た内装も、都会風雰囲気も吹っ飛ぶ惨状ではある。
そしてこのこと以上に私を怒らせたのはレファレンスデスクがないこと。あれ
ほど明確に設置請け合い(あの時のあずまの館長・次長がそのままひきふねに横
滑りしてきている)また12年1月に教育委員会が出た「墨田区統合新図書館の運
営方針」でも『利用者の様々な調査研究や学習を支援する総合レファレンスカウ
ンターの設置』謳っているので、まず間違いなく専任のスタッフが常駐するレフ
ァレンスデスクがあるものと思っていたが、その姿はない。
私はイメージや利便性もさることながらレファレンス専用のデスクがあり専任
の職員が座っているだけで、利用者、スタッフ共に意識が変わり、其処から何か
が生まれてくるのではないかと常々考えていて、これまで墨田区の図書館にレフ
ァレンス専用デスクがないことを憂えていただけに期待するところ大きく、ひき
ふね図書館に対する数少ないというか、ほぼ唯一のプラス評価だっただけに怒り
収まらない。
またひきふね図書館に並ぶ本は、財政難の墨田区が一新するはずもなく(少し
は買ったという話も聞いたが)大半はあずまと寺島から移したものである。従っ
て分類も従来の踏襲で、210.5 アなど4次分類と図書記号の組み合わせ。前もそ
うだったが、十進分類表ほぼ準拠のオーソドックスというか冒険のない棚が作ら
れている。個人的には特にそれが不満というのでもない。
ただ並ぶ本は少ない。開架15万冊規模とは聞いていたが、そこまであるとは思
えない。
気に入らないのは棚表示の影の薄さ。側板に「日本史」「政治」など大まかな
案内があり、本の間には見出しのカードが差し込まれているのだが、この見出し
数も少ない上、全く目立たず、markとして大して役に立っていない。プラ版に黒
で主題名印字した白の台紙挟み込んだもので、色目的には悪くない組み合わせだ
が、いかんせんカードが小ぶりとあって字も小さい上細く弱弱しいので、近付か
なければ判らない。見出しなのだから棚の角からパッと見て「経営管理はあそこ
だな」とかスムーズに求める本へ行き着けるようでなければ値打ち無いだろう。
これでは到底利用者のこと考えて、作っているとは思えない。
数も呆れるくらい少ない。なにしろ 210日本史は2000冊はあろうかというのに
冒頭のこの1枚だけで済ましているのだから。「何だこれは」と怒り湧いてくる
ではないか。普通は(ちゃんとした図書館であるなら)十進分類表に即して、古
代・中世・近世など何枚も入れているものだし、中にはもっと利用者に分かり易
い表記工夫している館もあるというのに。
367家族問題 369社会福祉も最初の1枚きり。これも方針あってこうしていると
いうより単なる手抜きだろう。念のため書いておけば墨田区の図書館が皆こうで
はない。本所にある緑図書館の 367の棚を見れば、先頭に 367.0家族問題の札が
あり以下 367.1女性論 367.2女性史・事情 367.3家・家族関係 367.4婚姻・離婚
問題と続き、最後 367.9性・性問題までしっかり4次に即して見出しが入ってい
る。
それにしてもひきふねの職員が緑の棚表示知らないはずはなく、比べられ「手
抜き」と謗られること十分予想出来たろうに、冒頭の1枚だけで済ましている神
経が判らん。
小説類並んだ棚へ行くと、これが著者別の見出しはなくアとかカとかの50音表
記のみ。再び「何だこれは」と眉根寄せることになる。あずまも寺島も主要な著
者にはちゃんと個別の見出し付いてたこと思えばこれはもう完全な後退ではない
か。あずまの実質閉館からでも2ヶ月あったのだから時間がなかったということ
はないだろうに、これまた手抜きか。
それと棚を見て行くうちに気が付いたのだが、やけに見出しの札が本の列にめ
り込んでいる。本来見出しのテーマ記した部分は本の並びから突き出ているもの
で、そうでなければ意味ないのだが、此処のは肝心の処が半分埋まってしまって
いる。つまり縦書きなので字の半分が隠れている訳だ。当然読みづらいし、中に
は判読不能のものもある。
なんでこうなっていると見出し札を手に取ってみて「なるほどそうか」と領解
した。此処の見出し札はプラスチック製のしっかりしたもので、業者発注の物だ
が要するに採寸誤っている訳だ。
見出しの札は全国規格の定型がある訳でなく、形状など各館それぞれだが、よ
く見るのは下端が尻尾のように下向きに突き出たタイプで、これは出た部分が下
の棚板に当たることにより本の谷間に潜り込んでいかず、見出しが行方不明にな
る事態を防いでいる。
ひきふねもこのタイプなのだが、形の設定誤まり下の切り欠きを必要以上に大
きく取ってしまっている。その為見出しが適正な位置で止まらず、本の列に半ば
埋まってしまっているのだ。
またまた「何だこれは」である。担当した職員がいい加減な仕事をして、その
結果欠陥品並んでいるのだが、多分試作品造り、それを棚に置いて形状は問題な
いか、見易さはどうかかとかのチェックもせず、雑に採寸してこんなもんでいい
か的に発注したのだろう。区民としてはこの程度の仕事もまともに出来ないのか
と墨田区職員の能力の低さを嘆くばかりである。
この札は児童も含めた全館で使っているから大小合わせて数百枚はオーダーし
ているだろう。おいそれと適正品に入れ替えるとも思えないから利用者はこの本
の列に半ば埋もれた欠陥品と長期に渡り付き合わねばいけないのか。鬱陶しい話
だなあ。
この図書館の「何だこれは」はまだこれくらいでは終わらない。次は配架だが
4Fの棚を見ていて奇妙な並びに気が付いた。何故か 600番台の後に 500番台、
その後に 400番台と順目ではなく逆走の形で本が並べられているのだ。もう少し
詳しく見ると、4Fの入口(階段)側から8類言語(800番台)を起点として、
6類産業・5類工業技術・4類自然科学と並び、間に郷土資料と行政資料などが
ある情報コーナーというエリア挟んで3類社会科学から0類総記までが見事に逆
走で続き、端(最奥)が7類芸術となっている。7類を1番後ろに持って行った
のは最奥の壁面に大型画集用の書架を設けたので、画集だけ切り離すより芸術・
スポーツの7類全体を端に置くのが良しという判断だろう。
通常何処の図書館でも 100番台―200番台―300番台という風に順目で並べられ
ているだけに実に異様。もちろん他の館も総てが分類表通りに置かれている訳で
はなく、地理や医学が暮らし関連として別の所にあったり、此処と同じく美術関
連が端に来ている例もあるが、これほどあからさまに逆走しているのはまず見な
い。端に7類置くのは已むを得ないとして、0類から追って来れば何でもないも
のを、8類を起点としたためにおかしなことになっている。
私が此処までの逆走を過去に見たのは1例だけで、福井県の坂井市立三国図書
館が、確か8類から1類に向け見事なくらいの逆走で並んでいた。この時申し訳
ないながら「変な並べ方をして、田舎の図書館はしょうがないもんだ」などと思
った記憶があるのだが、よもや時移って地元墨田の図書館で出くわすとは、想像
もしなかった。世の中何が起こるか判らぬものだ。
因みに三国湊を2012年に再訪した折には逆走は修正され1類から8類へ向けて
正常に並べられていた。図書館よく知る館長が来て、此れは不細工と直したか。
あるいは私が最初訪ねた時は丸岡町、春江町、坂井町と合併して坂井市になった
直後で、前身の三国町立図書館からの並べ方でいたものが、その後他の館(旧町
はそれぞれ図書館を有していた)とは異なる並べ方にこれは不味いと、足並み揃
えたのかもしれない。
ただ異様、不細工とは思うものの、これがいけない、間違いであると言い切る
には躊躇いもある。100番台200番台といった類目単位では1から99へ向け順目で
並んでいるからそこだけ見れば特に問題もないので、間違いと断じるだけの理屈
を持たないのだ。
だから結局は感覚的なものということになるのだが、考えあってやっているな
らまだしも到底そうとは思えないだけに嫌悪感は強い。
カウンター置きの書架案内図(プリントされたもの)を手に取ったが、これが
またひどい。A4サイズのあまり質の良くないコピー用紙の裏表に3、4Fの配
架載せているのだがなんともちゃちで雑。「何だこれは」だが、あまりのお粗末
さに怒りというより、こんなものしか出せないのかと区民としては情けなさが先
に立つ。
とにかく一目見ただけで、いかにいい加減に作っているかが見てとれる代物な
のだ。レイアウトはコンピューターソフトを使って(多分)作図し、歴史・芸術
などの主題名は今時ほとんど見ない手書きだが、全体の作りとしてもスカスカで
みすぼらしいし、字の汚さときたら半端ではない。単に下手というより余りにも
粗雑な書き散らしで、やっつけ仕事の手抜きっぷりがよく判る。下手な上に雑と
あって、叢書、年鑑など何の字やら読めたものではない。墨田区ではこんな仕事
で上司の叱責受けることなく職員やってられるのかと、今更ながらあきれた。
私はこれまでにこういう図書館配架図は数十館で見てきたし、貰ってきて家に
も相当数あるが、このひきふねのほどひどいものはない。公共機関が利用者に配
布する資料としてこれほど誠実さの欠片も見られないものは、これまでも無かっ
たろうし、この後もまず出ないのではないかと思うほどのものである。
それにしても次から次と突っ込み処が出てくるもんだ。無理して粗を探してる
訳でもないのだが、見るもの片っ端からという勢いではないか。
私はこのひきふね図書館は、諸条件から見て「これはいい」と利用者唸らせる
ようないい図書館にはならないまでも「20年前ならいい図書館だと言えたんだが
なあ」程度の出来には仕上がるのではないかと予想していた。根拠は墨田区図書
館のレベルはそう低くもない――職人的スキル持った先輩職員達が築いた蓄積が
生きている――との判断からだが、この体たらくではちょっと買いかぶり過ぎて
いたようで、あずま図書館時代より明らかに後退しているではないか。いつの間
にか仕事の出来る職員がいなくなり、見出し札や配架図に見られる無能で、いい
加減な仕事しか出来ない連中が吹き溜まってしまったようだ。あずま時代は既に
ある図書館の運営だったからそれほど襤褸も出なかったが、こうして新設の館立
ち上げるとなると、あちこちで馬脚をあらわす事態となる。
とにかくこの図書館何処を見てもやっつけ仕事感が強く、利用者と本をしっか
り繋ごうというやる気が全く感じられない。新たな試みとして3Fにビジネス支
援コーナーを設けているのだが、これがまた量もチョロチョロで見出しも無く、
標示も判り難いとあって、来館者の多くはコーナーの存在にも気が付かないと思
われる影の薄さである。近年「図書館は役に立ちますよ」という現世利益的な面
をアピール出来るとあってビジネス支援のコーナーを設けている館もあちこちで
見るようになったが、此れほど貧弱なのはこれまで見たことが無い。これならや
らない方がマシだろう。
そもそも此れも利用者の為とか、特色を出すといった前向きの発想から出たも
のではなく、建設段階の区議会文教委員会で複数の区議から <近年ビジネス支
援のコーナーを設けてる図書館もあると聞く。よさそうだから新統合館にも作っ
たらどうか> といった提言があり、議員の注文無視するのも後のこと考えれば
宜しくないだろうとの思惑有って、やってますよというのを見せるため設けただ
けのもので、モチベーションの低さ見事に反映した棚になっている。
それにしてもこの図書館貧弱・弱い・低い・薄いといった負の感想のオンパレ
ードではないか。
これはまた想像を絶するエラい図書館が現われたものだ。やっつけ仕事の粗雑
さばかりが目立ち「これはいい」などと思えるものは何もない。このHPで芳し
からぬ図書館取り上げた時に「住民が可哀そう」「もっとちゃんとしろと言う利
用者はいないのだろうか」などと書いてきたが、まさにそのレベルではないか。
其れが足元に出現するとは、なんとも皮肉なことで「いつも偉そうなことを書い
ているのだから何とかしたら」と試されているような気もする。
ここで墨田区民としては考え込まざるを得ない。「何故我々はこのような中央
図書館しか持てなかったのか」と。近年中央図書館建て替える自治体も彼方此方
であり、東京でも府中市、北区、葛飾区などが新しくしているが、何処も広々と
して堂々たる施設構えたのに対し、墨田区の雑誌も全面見せで並べられない貧弱
さはどういうことか。財政難で金を掛けられなかったというならまだ納得できる
部分もあるが、墨田区だって31億円、利息入れれば34億円とも言われる予算を注
ぎ込んでいるのだ。其れで得たものが此れでは詐欺にあったようなものではない
か。
こうなったのも <再開発ありきという歪んだ出発点> が元凶なのは言うまで
もないことで、区民が喜ぶような中央図書館をどう実現していくか、ではなく割
高でもなんでも再開発進めるため保留床を購入しろ、後は図書館に押し付けて帳
尻合わさせろといったやり方なのだから予算も生きないし、いい図書館が出来る
筈もない。
こういう事態が起きているのが墨田区の現実であり、区民として忸怩たるもの
あるが、同時に「いかにも墨田区的だなあ」と思わないでもない。下町のおっと
りというか緩い気質で区政に無関心な区民と、表面上はともかく内心では区民を
リスペクトすることなく区民の意思を尊重した区政を展開することを忘れてしま
っている行政側とで多年に渡って醸成されてきた風土といったものが、この件の
基層としてあるのだろうと私は考えている。
それと此の図書館に染みついているかのモチベーションの低さだが、これもや
はり <再開発ありき> が大いに関係していると見る。区民も「こんな図書館作
ることに意味はあるのか」と統合館計画には懐疑的だったが、図書館のスタッフ
(この場合は墨田区職員)も同じ思いではなかったか。公務員だからやれと言わ
れればやるしかないが、あまり意義が感じられない仕事だけに前向きには取り組
めなかったと推察する。ましてや規模、機能、構造、使い勝手など見れば頑張っ
ても区民の絶賛浴びるようないい施設にならないことは最初から判っていること
で、言わば「負け戦」に投入されたとも言え、貧乏籤に端から「戦意喪失」だっ
たかとも思える。まあそう思わざる得ないような体たらくではないか。
そしてその負の意識が染みついて習性となりこういう状況招いているのだろう。
改めて思うに、この図書館とこの先ずっと付き合っていくとなると本当に鬱陶
しい。あまり来ることはないとも思うが、そこは墨田区の中央館であり蔵書も最
多だけに、頑なに無視というのも得策ではあるまい。とすると「出来ちまったも
のはしょうがない。ちゃんとしたものに皆で育てていくだけだ」くらいが現実的
対処ということになるか。まあ近いうちに不備を指摘して改善求めるつもりでは
いる。
ただ注文を付ければ目に見える範囲での改善はあるだろうが、根本的な意識の
部分は中々手がつかないのではないか。手抜き同然の仕事で済んでいるから楽で
もあり、染みついた習性そう簡単には拭えまい。端から諦めている訳でもないが
難しいことではあると見ている。
いずれにせよひきふねの開設過程で図書館という組織は相当なダメージを受け
た。これが墨田区図書館崩壊の第一歩とならないことを希うのみである。
さてこれまでの図書館漂流記なら此処で Endという処だが、そこは地元だけに
「其れから」があり、まだ終わりに出来ない。
ひきふね開館後だがいくつかの話が耳に入ってきて、その中に開館準備がかな
りドタバタになり何度も徹夜してやっと間に合わせたというのがあった。話して
くれたのは墨田区の職員OBで一時期図書館にいたこともあるという人だが、時間
に追われ相当に過酷な作業強いられたようだとのことであった。「へぇそうだっ
たのか」私などあずまの実質閉館からでも丸2ヶ月あり「こんなに準備期間とる
必要があるのか」と思っていたのだが、他の図書館を開きながらの移行だけにそ
う余裕あるものではなかったようだ。一つにはいかにも墨田区的な話だが移転に
際してトラック代しか予算が付かず、蔵書の移動など力仕事も総て図書館スタッ
フがやるしかなかったということで、これもドタバタの要因であるらしい。
なるほどやっつけ仕事が目に付くのもここらに淵源があるのか。
これに関連してひきふねへの統合に当たりあずま、寺島の蔵書が10万冊規模で
廃棄され、中には貴重な資料もあったのではないかという話も聞こえてきた。こ
れはひきふねの収蔵能力が40万冊で、あずまと寺島を合わせた蔵書は既にそれを
大きく上回っていたため納まりきらぬ資料をもったいなくも廃棄したのだが、そ
うすることは教育委員会も事前に公表していて、統合館開設に関心ある区民なら
知っていた。
ただ情報に依れば、事前説明では資料価値の無いもの低いものを選んで処分す
るとされていたのだが、実際は時間に追われたドタバタから、十分な選別もされ
ないままの資料廃棄となり、貴重な資料も失われたのではないかとのことであっ
た。
この件を後に図書館スタッフ(墨田区職員、肩書付)に糺した処あっさりと肯
定した。葛藤もあったようだが、4月1日ひきふね開館という最大命題の前には
時間も人も割けず、図書館員の良心云々の余地などなかったかとみえる。
ひきふね図書館開館の陰にはこういう事もあったこと記しておきたい。
更に零れ話書いておけば、此れも墨田区的な倹しい話になるのだが、ひきふね
図書館は垢抜けた内装で、新築のビルに麗々しくオープンしたものの見えない処
には金を掛けることも無く、事務室の机などはあずま、寺島時代のものそのまま
使用という。この機会に新しくなるかと期待する向きもあったようだが、結局備
品の新規購入は認められず、職員達は落胆させられて、ブツブツ言いながら二十
数年もののガタも出だした机に向かっているという。
また開館準備に金を掛け過ぎたか、予算が逼迫しコピー用紙1枚すら自由にな
らぬ窮屈さであるとも伝わってきた。
モチベーションの低さにはここらも関係しているか。別に同情もしないし、納
得もしないけど注文付ける矛先少しは鈍りそうではある。
ひきふねの次長と面談したのは5月末であったか。疑問点を糺し、注文を付け
てきた。
先ず約束もし「運営方針」にも掲げていたレファレンスデスクが何故設置され
なかったかを訊いた。答は「直前までその積りでいて準備もしていたが、区議会
某会派が図書館の予算案に疑義を唱え、その結果削減されたことで人を回せなく
なり、止む無く断念に追い込まれた」というものだった。詳しく調べてはいない
が、多分新統合館ということで前より多額の予算を計上したのをつつかれたのだ
ろう。その会派はのちに知る処では自民党らしいが、レファレンスデスクを狙い
撃ちにしたものではないにせよ腹立たしい。
3類ー2類ー1類と逆走する配架も取り上げた。誰が決めたのか、次長の指示
か、あるいは承知の上でこうなっているのか訊いたが、答は「開館前はコンピュ
ーターシステムの一新などもあり、体が幾つあっても足りないほど多忙を極め配
架の方には全く目を向けることは出来ず職員任せだった」とか。
そうではないかと思っていたが、やはりドタバタの中図書館のことなどよく判
らぬ連中が考えもないままやっつけた結果があれか。意図あってやったことでは
ないという確認は取れた。
で「これはおかしいから順目に並べ替えては」と持ち掛けてみた処「検討しま
す」との答えだった。ただ否定はされなかったが、何万冊の本の移動だけに実現
へのハードルは高いだろうとは正直思っている。
あと統合館計画が出てきた時(2007年)のことも訊いてみた。話は概ね次のよ
うなものであった。「統合館計画は我々図書館職員(次長は当時主査)には知ら
されることなく進んでいたので公表されて初めて知った。ただ少し前から当時の
館長(現館長の2代前になるか)がしきりに本庁舎へ出掛けて行くので何かが進
行しているなとは思っていた。計画はやはり衝撃的で、老朽化した寺島の廃館は
視野に入っていたが、あずままで失くしてしまう案には驚き禁じえなかった。計
画が下りてきて、当初都市整備部と合同のプロジェクトチームを立ち上げたが、
あまり効果が無かったので会議4回で打ち切りとなった。その会議では図書館側
は意見は言えるが、決定権は何もないという立場だった」
また「ひきふね図書館は確かに場所も構造も問題がある。他の部局が何処も手
を挙げなかったので最終的(途中保健所を持ってくる案もあったが、上層のマン
ション住民が嫌がるだろうと流れた)に図書館に廻ってきたのも事実。ただあの
場所でも確保しなかったら結局は現在地での建て替えが難しい寺島の廃館だけが
実行されて終わりとなっていただろう」とも語った。
次長とはあずま時代にも電話だが何回か話し、疑問点に答えてもらったり、こ
うは出来ないのかと要望出したりしていたが、最後はいつも予算が無い人もいな
いという嘆き節で終わっていた。では統合新図書館となってその点少しはましに
なったを問えば、予想していたことではあるが変わることなく一杯一杯で回して
いる状況らしい。
レファレンスに対応出来るスキル持つ職員もそう何人もいない模様で、それも
通常業務抱えながらの対応だけに相当負荷が掛かりそうではある。「ちょっと込
み入ったレファレンスが来たら間違いなくサービス残業ですよ」と漏らした言葉
が印象に残る。
そして開館1年が過ぎたひきふね図書館。これはいいと思わせるようなものは
何も現れないが、不備の幾つかには物足りぬながらも改善が見られる。
まず席が増えた。何時入れたか確とは把握してないが(余り行くことなかった
ので)13年秋には合板グイとn型に湾曲させた簡易なものながら3、4階の書架
の側板背にする位置と、新聞雑誌コーナーに合わせて30ばかり椅子が増やされて
いた。さすがに席が足りないという苦情頻発で手を打たざる得なくなったのだろ
う。新聞雑誌コーナーには8コ入っていて、これでどうやら雑誌の棚の前に利用
者群がって立ち読みしているという悲惨な光景よほど混み合ってる時以外は見ず
に済みそうだ。ただし椅子そのものには不満が残る。無いよりはましと矛を収め
るか、もう少しくつろぎ感のあるいい椅子に替えたらと更なる注文付けるかちょ
っと考えてみよう。
文芸の棚では著者別の見出しも入っていた。開館時にはアとかカとか50音のみ
だったから改善されたと言えるが、この程度のことが最初から出来ていなかった
のがおかしいのだ。
またちゃちで雑で、こんなひどいのは見たことないと酷評した配架案内図も少
しだがましになった。汚い手書きがワープロ印字に変わって見栄えよくなってい
る(手書きが駄目なのではなくやっつけ仕事の書きなぐりが許せない)。ただし
前のひどさに比べればましというだけの話で、社会科学・自然科学と大まかにし
か表記しない粗雑さや安物のプリンター使っているのか、小さな字が潰れてしま
って読めないなど、こんなの出すかというレベルで、満足出来るものではない。
それでも前の墨田区の恥晒し的配架図が姿消したのは精神衛生上好ましいことで
はある。
一方モチベーションの低さは相変わらず。利用者と所蔵資料を繋ぐための努力
や工夫など何も感じられない。ビジネス支援コーナーも影の薄いまま。利用が多
かろうが少なかろうが、注目されようがされまいがどうでもいいといった構えで
ある。
通常フロアでサービス業務に当たるのは Trcのスタッフだが、職員もよく姿見
せる(ひきふねには非常勤含め三十数名いるとか)。正規非正規の別や役職など
判らないが、総じて動きが重く、いかにも自信無げである。 Trcの女の子の方が
よっぽど頼りになるだろうなと行く度に思っている。
さて長々と書いてきたこのページ、まだ書き足りぬ思いもあるが、それこそ果
てしがなくなってしまうのでここらでひとまず終わりにしたい。いいとも思わず
さして親しみも感じないひきふね図書館だが、書架の側板背にした私好みの席も
出来たことでもあり、たまには利用するだろう。忙しさもあってその後具体的行
動には出ていないが、墨田区の中央館が此れでは困るとの思いはあるから、また
意見書なり出す積りではいる。いつか続編お届け出来るかもしれない。
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