長崎県立長崎図書館

                                            漂着日   2008年3月

長崎市内中心部、官庁街の外れといった場所にある。新設された市立図書館からは
途中市役所前を通り、
ゆっくり歩いて7、8分といったところか。
 緩やかな坂の上、木立に囲まれ環境はいい。
 何の変哲もない年季入った4階建てのビルだが、これはおそらく後で手を加えた
と思われる臙脂の壁面タイルと、アルミかステンレスかキラリと光る窓枠のコント
ラストが中々に映えていて、それほど古惚けた感じはしない。

 1Fに新聞閲覧室とこども室、食堂などがあり、階段で2Fに上がれば講堂、事
務室などが並んでいる。講堂か、式典や研究発表などが行われるんだろうが、なん
とも懐かしい響きで、この図書館の歴史と重さ感じさせる。
 3Fが開架図書室である。以前にも来たことがあり、その時はさほど感じなかっ
たが、今回来てみて「こんなに狭かったのか」と驚き禁じえなかった。ついさっき
まで巨艦長崎市立図書館にいたので殊更そう感じるのかもしれないが、実際この程
度の規模なら今時人口数万の市立図書館ではざらにあるし、図書館に力入れてると
ころなら町立図書館でも珍しくはない。ま、これはあくまでも書庫、講堂などを脇
に置いての話ではあるが。
 45万長崎市民は市立図書館も無く(公民館図書室はあるが)、この大して広くも
ない県立だけで我慢してきたのかと思うと、身につまされるというか、なにやらホ
ロ苦いものが湧いてくる。
 案内に依れば県立図書館の起点は1894年に求められるが、現在の建物は1960年3
階建で造られ1968年郷土課や書庫が入る4階が増築されたとある。とすれば私がい
る3階はもう築48年ということになるのか。当然書架や調度も年季が入り――48年
使っている訳ではないと思うが――並ぶ本も古いものが目立つ。ピカピカの市立か
ら流れてきた身には、その落差は大きく、つい新と旧、明と暗など両者対比する言
葉、思い浮かべてしまう。
 更に館員も市立が若年者主体だったのに比べ、こちらは揃って中高年で、青と壮
と、これまたクッキリとした対比見せている。

 それにしても館内閑散としている。3Fフロアーに来館者10人もいるだろうか。
2日連続で通った市立が昨日も今日も大賑わいだったのに、こちら県立は土曜日の
午後というのに閑古鳥が鳴いている。前回来た時は人で満ちていたのだが。直ぐ近
くに広く、綺麗で設備も整った類似施設が開設されたからこれも無理からぬところ
とも言えるが、この状態が続けば県立無用論の高まり懸念される。
 実は市立図書館建設中から「市立が出来たら県立はもう無くてもいいのでは」と
か「貸し出しなど市民サービスは市立に任せ、県下市町村図書館のサポートに徹す
べき」といった声も出ていたようである。
 そういった声を受けてかどうかは判らないが、少なくとも市立図書館の登場とい
う状況を踏まえ、2006年〜2007年に掛け県教育長管轄の有識者、図書館関係者、公
募委員などで構成された「長崎県立図書館在り方懇話会」という会議も設けられ、
都合8回開かれた最後には「長崎県立図書館の今後の在り方について」答申も出さ
れている。
 もっとも答申は市立登場の影響について「両館の利用動向を見極めるためには開
館後の数年間はその状況を見守る必要がある」とあっさり書いているだけで、起こ
り得る状況を予見して、指針示すとかはなし。私も肩透かし食った気がしたが、県
としても当て外れだったのではなかろうか。
 その提言の中心は、理想の図書館を実現するためにはどうすべきか、といったも
ので、いいこと言っているのは確かだが、余りにも当たり前過ぎかな、というのが
私の感想。図書館員なら提言受けるまでもなく、この位のことは考えているだろう
とも思うが、官の世界では諮問機関からの答申という形で示される処に意味があり、
そうしなければ何事も進まないのだろう。
   ――興味ある人は「長崎県立図書館在り方懇話会」で
             検索すれば議事概要、答申等が閲覧できます――

 いずれにせよ利用者の多くが市立へ流れ、県立は転換点にあると言える。
まあこれまで市立図書館的役割も担わされてきたわけで、負担軽くなった分県下
市町村図書館へのサポートに力点置くということになるのではないか。長崎市立
にしても古い資料は持ってないわけだから、長い歴史と85万冊の蔵書有する県立
の支援は不可欠なものであるはずだ。

 3Fの棚をぼんやり見歩くうち、地図のコピーを取らなければいけないことを
思い出した。
 私の九州の旅は、この後佐賀県を経て鹿児島伊佐地方まで南下、再度北上して
最後は仏の里として知られる大分県の国東半島を訪ねる予定となっている。国東
では円形の半島のほぼ真ん中を熊野磨崖仏、真木大堂、富貴寺と古刹を縫う様に
歩いて横断し、周防灘へ達する計画なのだが、その折り使う地図が必要なのだ。
 道筋判るものが1枚あればいいので、出発前に近所の図書館で九州道路地図帳
からコピーして持ってくるはずだったのだが、バタバタしていて「いいや出先で
やろう」と先送りしていた。
 市立にいた時に思い出していれば、最新の地図が揃っていてよかったのだが、
まあ少々古くても田舎の道にそう変化は起きてないだろう。今日はこの後路面電
車で浦上まで戻り、これも長崎へ来る度いつも訪ねる如己堂訪問。そしてカトリ
ックセンターで預かってもらっているバッグ受け取って、電車で大村まで移動と
時間的に目一杯で、市立へ戻ってる余裕はない。
 幸い求める地図はあった。ただし古く縮尺も物足りない。この先国東半島へ行
く迄にもう少しいい地図を入手出来る機会もありそうだが、とりあえず保険は掛
けておこう。

 東京辺りならコピーもコイン投入して各自が行うセルフ式で手軽に出来るのだ
が、ここはどうも館員の手を煩わさなければいけないようだ。そこでカウンター
へ行き、女性館員に地図帳から1枚コピーしたい旨告げると以下のように宣告さ
れた。
 曰く、著作権法の定めにより地図のコピーは見開き2分の1迄しか出来ないと。
 著作権法か。大まかに趣旨とかは知っているが、細部の条項まで逐一覚えては
いない。これまで何回かセルフで図書館の地図をコピーしているが、そんなこと
気にすることもなく全面取っていた。あれって著作権法違反になるのだろうか。
 
 ただこの2分の1の拠り所となっている条文には解釈の幅があり、冊子全量の
2分の1で、ページ単位にはこだわらないという考え方も一方にはある。以前旅
行中に今回同様現地の図書館で地図のコピー頼んだことがあったが、其処では何
も言わず全面コピーしてくれたものだ。
 図書館により対応異なり、長崎県立は厳格に、というか非常に狭く条文(判例)
を解釈しているようだ。

 それでいいかと問われ、ノーと言っても始まらないので承諾すると次は申請書
の記入。そしてコピー箇所の指定。全面なら話は早いが「此処から此処は入れた
いのでこんな形で」などと手間がかかる。
 次に取り出されたのはしっかり2分の1に納めるための型紙。右左用、上下分
割用、周囲をぐるっと切り取る形のものなど何種類もあり、これを押し当ててコ
ピーするのだが、間違っても半分以上は取れないようになっている訳だ。
 その厳格さからは、何が何でも法は遵守する、とでもいった強い意志が伝わっ
てくる。
 「役所だねえ」と嘆息するばかり。
ルールに忠実なのを悪いとは言わない。日頃東京で専ら区立図書館を利用してい
る私には面白い体験でもある。でも、なにか重苦しいもの感じてしまう。長崎市
立が軽(印象から)ならこちらは重と、これまた対比出来るか。
 私の場合は半島なので周りの海の部分をカットしてコピー。余白切り落として
渡してくれる。コピー代10円納めると、今度は領収書の発行。申請書の下部を充
てた紙っぺらだがスタンプながら領収印も押してある。
 長崎県立図書館訪問の思わぬ記念となった。

 コピー入手すればもう長居出来ぬ時間なので、最後に書架一巡りして退散。
 1Fまで降りてくると館内の食堂が目に入った。おそらく此処が市立開館によ
る利用者減の影響最も受けているのではないか。図書館本体は税金で運営されて
いるから存続が危ういなどということはないだろうが、この店は大変だろう。
 「次は利用させてもらうか」とは思ったが、さてそれは何時のことやら。


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