仙台市立市民図書館
漂着日 2008年5月
此のところ司馬遼太郎「街道をゆく」を少しづつ読んでいる。言わずと知れた
国民的大家が旧街道を巡り、その地の歴史、人物、風土などを犀利な分析随所に見
せつつ語るという紀行短編集で、司馬ファンでありながらなぜか週刊朝日連載中か
らもほとんど読むことなく最近まできたのだが、ふと近所の図書館に並んでいる1
冊を借りて読みだしたら面白く、以後次々借り出すこととなった。
ただ一般の紀行文とは違い、作者の行動から生まれる面白さといった面は薄い。
大体が飛行機か新幹線でその地方へ直行し、後は車で移動というパターンだし、伝
わる処では編集者他の同行も多かったようなので(時には10人以上にもなったらし
い)出会いにもエピソードにも乏しくなるのは無理からぬところだろう。
その代わり、日本書紀、大鏡などの古典から地史、文学作品更には日記まで膨大
な資料を咀嚼して綴られる各地の物語は文句なしに面白く、鋭い指摘に「そうだっ
たのか」と蒙を啓かれることしばしばである。まあ時として紀行文というより歴史
風俗の解説書読んでるような気がしないでもないけれど。
東京神田をテーマとした巻では森鴎外『護持院ヶ原の敵討』を引っ張ってきて、
その荒筋と解説で丸々1章(連載1回分)使っているが、こんなこともありかと唸
ってしまう。並みのライターなら編集者に「これで連載1回分済ませようなんて、
いい度胸してるじゃないか。誰が人の作品の解説頼んだ」と原稿突っ返されるのが
おちだが、これで通してしまうのだから、さすが大家は違うものだ。
シリーズ中には仙台扱った巻もあるのだが、その中で司馬さん仙台を褒めること
一方ではない。街並みを「道路わきのビルの姿がよく、外装にも気品がある」と褒
め、宙空回廊(歩道橋の大型のもの。ペデストリアンデッキと称される)で繋がれ
た仙台駅前の空間に「世界のどの都市にもない造形的なうつくしさがある」と賛辞
を送り、ガラス越しに駅前が眺められるホテルのレストランの女の子を「コーヒー
を持ってきてくれた女の子に、ガラスのそとの構造を指さして『あれは、ペデスト
リアン・デッキというんですか』ときくと、彼女はちょっと窓外を見て、はい、そ
う申すのだときいております、といった。さすがに学問の都の女の子だと思った」
などと褒めちぎっている。
褒めすぎじゃないの、と思いはするが、なるほどそういう視点で見るかと感心も
する。私など仙台には何度も来ているが、司馬さんが指摘する質の高さに気がつか
ぬままである。
初めて仙台を訪れたのは1977年秋のことで丁度仙台駅は建て替え工事中だった。
翌78年秋に再度やって来たのだが、新仙台駅(現在のもの)は完成し供用されてい
た。その時からこれまでに幾十度となくペデストリアンデッキも歩いているのだが
構造物としての美しさにまで思い至ることはなかった。
目の付けどころが違うというか、まあ教養の蓄積の差だろうなと、うなだれるし
かない。
さて仙台市の図書館だが、調べてみると中央図書館という名称の館はなく、市内
7館のうち街中にある市民図書館と名付けられている館が中央館だというので、其
処を訪ねることにする。
仙台駅からだとペデストリアンデッキで駅前広場と駅通りを越えて対岸に降り、
中央通り、青葉通りと市内一番の繁華街抜けて行くことになる。ついでながら人混
み避けたければ他の街路を使うことももちろん出来る。
平日の午後だが街は結構な賑わいである。昨今は景気低迷と人口減のダブルパン
チで地方都市は軒並み青息吐息状態なのだが、此処にはそういう暗い影はなく、さ
すが 100万都市といった華やかさ見せている。山形、福島といった他県からの買い
物客も多数訪れているそうで「(東北では)仙台独り勝ちか」と思わず呟いた。
市民図書館はケヤキ並木の美しい定禅寺通りにある。単独館ではなくせんだいメ
ディアテーク(smt) と称する複合施設の中にある。もちろん市の施設で、案内に依
れば図書館の他は美術、映像関連のスタジオ、ギャラリーなどが設けられている。
名称からも情報の集積拠点目指す意図は見てとれるが、図書館とアートの相性どう
なんだろう。
これまで横文字の複合施設にある図書館で感心した例はほとんどないのだが此処
は如何に。
smtに入れば,まず目につくのはチューブと呼ばれるスチールパイプを円筒状に組
み上げたオブジェとも見える構造物で、13体あって各フロアの床から天井というよ
り建物の基部から最上階までを貫いている。柱に替わって構造体としての smtを支
えると共に動線や採光、通風の役割も担い、大きなチューブには階段、エレベータ
ーが組み込まれ、小さなチューブは水や電気などの配管配線の走路として利用され
ている。
鋼管トラス構造の鉄骨独立シャフト(チューブ)がハニカム構造の薄い床を支えて
いて構造上の柱や壁が全くない――というのが建築学的に見た smtの特性で、通常
のビルが柱と梁を組み合わせたラーメン(ドイツ語・枠という意味)構造であるのに
対しその斬新さは際立っているそうである。
まあこれは東京へ帰ってからネットなどで調べて判ったことで、建築の素人には
柱がないとかそんなことは気が付かない。ただチューブ内をエレベーターが上下す
るのを見て「シャレた造りだな」と思ったくらいである。ただしそこには肯定の色
合いは薄く、どちらかと言えば「図書館向きの建物ではないな」と引いた見方が濃
い。嫌悪感まではいかないけれど。
smtは地上7階建なのだが、図書館はその2〜4階を占めている。
まず2Fに上がると新聞雑誌コーナー、児童エリアそしてCD、DVDなどが置
かれたAV(オーディオ・ヴィジュアル)の区画がある。最初はどれも図書館だろう
と思っていたが案内をよくよく見ればAVコーナーは映像音響ライブラリーと名称
がつき、市民図書館ではなく smtに属していた。図書館類縁施設となっている。初
めて聞く言葉だが、図書館の親類というか図書館ではないが極めて近いもの、とい
った位置付けのようだ。AV資料の管理貸し出しなど市民図書館が担当して何の不
都合もなさそうだが、そこは美術や映像文化の活動拠点たらんとする smtの顔を立
てて譲ったということか。もっとも検索システムは図書館のものだし、貸出しも図
書館のカードを使い、仙台市の他の図書館でも返せるから利用者は違いなど意識し
てないかもしれない。
それと図書館は20時閉館なのだが新聞雑誌は smtに合わせ22時まで閲覧出来る。
都心の図書館らしく利用者ニーズに応えていると見える。ならばいっそ市民図書館
も22時まで開館という選択肢もありそうで、利用者からの要望も高いのではと思う
のだが、詳しく知る処ではない。
更に上がった3、4階が一般成人向け閲覧室。
ただ4階は天井高く2フロア分の吹き抜けとなっている3階の奥まった所に中2階
的に設えられていて(下は事務室の模様)それほど広くはなく、精々フロア4分の
1程度か。此処は所謂レファレンス室で参考図書、郷土資料などが並んでいる。
主たる閲覧図書室は3Fだが、総ガラスの壁面に高い天井、そしてそそり立つチ
ューブ群が目立ち、何やら異空間感じさせる。書架が並んでいなければ、さながら
ミュージアム乃至はギャラリー的な佇まいである。
表側と言える定禅寺通に面した側が約50m、奥行き37、8mというのが私が見た
図書室のサイズ。大まかに言って南(表側)からチューブ周りを利用して円形に配さ
れた閲覧席のゾーン、中央部が書架の列、それを越えて奥まった場所にカウンター
というフロア構成になっている。
席は3Fがカウンター斜め前(東寄り)の机席(44)、東側ガラス壁際に並べられた
スツール(28)、先に述べたチューブ周りの席(4ヶ所合わせてざっと95、6)と他に
もフロア中央部と西側エリアにもパラパラとあって〆て 180席余り。4Fはさすが
に机の席が多く70弱あり、それとチューブ周りのスツールが10ほど。
合わせれば3、4階で 250席はあるか。新聞雑誌が2Fでほぼ完全に分離されて
いるので、これだけあればまずまずの様ではあるが、学習室というものがないので
机の少なさは否めない。実際机の席を確保するのは一仕事のようである。
3Fの書架は総てフロア中ほどに置かれている。つまり壁面の棚というものは無
い訳だ。斬新な発想で設計され、構造体を支えるための壁を必要としない建物なの
で、smtの3方はほぼ全面ガラスである。その特性生かし、採光と見栄え考慮した
のだろうが壁面の棚は設けなかったと見える。
確かに明るくスッキリとはしているが、私には見てくれより壁面も使えばもっと
本が並べられるのにとの思いが強い。むしろ天井まで5m強もあるのだから中2階
的な位置にある4階から東西のガラス壁に沿って宙空回廊延ばして、其処にも書架
を置けばもう3万冊は開架増やせるのになあと、3F眺め渡すうちそんな構想も湧
いてきた。私自身はいい案だと思うが、世の識者からは総ガラスの意味がなくなる
と一笑に付されるだろうか。
さて棚の方だが、分類は3次と4次の混在である。210日本史、367女性・家族、
369 社会福祉、493内科、783球技などはさすがに4次分類されているが、他の多く
は3次止まり。カナ1文字の図書記号が付され50音順にならんでいる分数字3つだ
けの秋田市立などよりまだましとは言えるが 100万都市仙台を代表する図書館がこ
れかとガッカリさせられる。336 経営管理など1000冊はあろうかというのにワンカ
テゴリーで済まされているのだから酷いものだ。労務管理336.4や営業管理336.7、
財務会計336.9などともう1段分けられていれば利用もし易いのに。
コンピューター関連も 007情報科学に4、500冊あり、547通信工学にインターネ
ット、ホームページ等が 400冊強、更に 548情報工学にもありと分散しているが、
今はもう同じ棚に集めて入門書・Windows・Mac・PowerPoint・Word・Excel・Java・
C言語・IN・HP・メール・Linux・Unix・セキュリティなどに分け、各々見出
し札も付けて並べるのが普通だろう。利用者のニーズにも合致しているはずだが、
その気はないのだろうか。
291日本地理を見ればラベルは3ケタだが地方別に分けられ、292アジア 293ヨー
ロッパは国別になっているから4次分類へという指向はあるのだろうが、どうにも
踏み込みが甘い。
救いというか評価できるのは 596料理がラベルは「596オ」とか3ケタのままだが
おかず・日本料理・中華料理・西洋料理・お弁当・お菓子・パンなどにしっかり分
けられ見出しも付いていること。4次分類の図書館でも 590番台の家政学・生活科
学にくるとなぜか3次になって――レシピ本が数多い上に薄くて面倒だからか――
料理などごちゃ混ぜ状態で並べられ、何かやってますとのアリバイ作りで<ア>とか
<カ>とかの札が添えられているだけという例も少なくないので、これは利用者本位
と評価したい。
あと目に付いたのは本に貼られたラベルの記号に手書きが多いこと。それも圧倒
的に多い。今時ラベルの手書きなど田舎の小さな図書館か、かなり古い本というの
が通り相場なのだが、この 100万都市仙台の中央館にはズラリと並んでいる。装備
などは外注せず此処でやっているのだろうか。さすがに近刊書などはプリンターか
ラべラーか、機器で印字したものになっているが2006年刊でもまだ手書きラベルが
貼られている。建物が先進的で館内もスタイリッシュにまとめられている中で、時
代に抗うかにも見え、中々面白い。
と、この時4Fからカメラを持った一団が現れ、盛んにシャッターを押しながら
3Fへと降りてくる。「なんだこいつら」というところだが、3Fの利用者はさほ
ど驚いた風でもない。よくあることなのか。全員若い男で十数人、写真撮りながら
フロアを北から南、定禅寺通側へと慌ただしく抜けて行く。どうも関心は図書館よ
りも建物のようでチューブ周りに群がったりしている。建築か写真専攻している学
生が smt教材に実習中という処であろうか。一見日本人のように見えながらそうで
もないようで、台湾、香港辺りからツアー組んで来たのだろうか。
それにしても図書館内でバシバシ写真撮ったり、ドタドタ走ったりと許し難い連
中ではないか。第一利用者の多くは断りもないまま被写体にされてしまっているが
肖像権はどうなんだろう。
ただこれはこの連中が勝手にこのような狼藉働いているのではなく、許可を得て
というか予め組まれた行程の一環として行なっているのだろう。実際連中の後ろに
は付き添いらしき大人が何人か控えている。もちろん、だからといって肖像権の問
題はクリアされないし、行動が是認される訳もない。
そして一団は騒音撒き散らし数分で階下へと去っていった。
開館中の図書館で「撮影会」開くなど馬鹿じゃないのかと思うが、まず間違いな
くこれは smtの仕切りだろう。図書館がこんなこと企画する筈もない。もちろん歓
迎もしない筈だ。困ったものと思いつつもsmtに気兼ねして黙認していると見た。
ホントに横文字の複合館などに入れられると碌なことがない。
市民図書館、smt共仙台市教育委員会の所管だが、運営は図書館が直営でsmtは市
民文化事業団という仙台市 100%出資の財団法人となっている。どこまで共同歩調
採っているか運営の実態は判らないが、連繋と融合を図り市民に寄与する――との
目標は掲げられているようではある。まあそれを具現化したものがこれであるなら
連繋も融合も願い下げにしたいものだ。と、これは仙台市民でもない私が言うべき
セリフでもないか。
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