台湾火車旅出たとこ勝負
         
         其の2 桃園から台中へ
   
 桃園空港の空は晴れ渡っていた。2017年7月19日朝8時25分地上から見上げて
いたら空の青を切り裂いてピーチエア 849便が舞い降りてくるのが見られたはず
である。言うまでもなくその飛行機には私が乗っていた。
 台湾到着。如何なる理由かは知らされなかったが、羽田発が15分は遅れたので
その分遅くなるかと思ったが、道中取り戻したようで、ほぼダイヤ通りの到着だ
った。何処まで歩かせるんだと途中で腹が立ってくるような長い道程を何度も折
れ曲がりながら進んで、ようやく入国審査へ。問題なく通過し台湾入国。少しず
らして設置してある壁の切れ目擦り抜けるように進むと桃園国際第一機場到着ロ
ビーにいた。
 いよいよ来たか。まずいつもの癖で歩き回ってみる。どうも目に入るのはアジ
ア系の人ばかりなので、外国へ来たという実感が湧かない。一方の端まで行って
折り返し、もう一方の端まで行くと通路があったので進んでいくと出国ロビーへ
出た。真ん中に行政エリア挟んで出国と入国が同じフロアにある構造で第一ター
ミナルそんなに広くはなさそう。
 フードコートや銀行もある B1も行ってみたが、ただ何するでもなく一回りし
ただけで再び到着ロビーへと戻り、ちょっと休憩と椅子に座る。そうだ時計を合
わせておこうと腕時計を取り出し(いつもポケットに入れている)台湾時間に調
整。日本と台湾の時差は1時間(台湾の1時間遅れ)なので時差ボケの心配はな
い。

 さあいつまでも空港を彷徨ってる訳にはいかない。動き出すとしよう。そのた
めまずしなければならないのが両替。台湾の通貨持たずに台湾の旅は出来ない。
第一機場内には数ヶ所両替所があり、レートは一緒と聞いているから何処でもよ
さそうだが気分で到着ロビーと出国ロビー結ぶ通路にある両替所にした。
 両替所に赴き窓口に5万円差し出し両替要請。幾ら両替するかも思案した処で
豪遊の予定もないから4万でも十分かなとは思うが、手持ちの現金が少なくなる
と闊達な旅がしづらくなるもので余裕持つに越したことはない。
 もちろんこの後も銀行、ホテルなどで両替は可能だが、両替毎に手数料は取ら
れる上ホテルはレートが悪く銀行は随分待たされる(1時間掛かったという体験
もネットにあった)との情報もあり、旅行中の貴重な時間、銀行でいらいらしな
がら順番待ってるといった愚は避けたい。
 空港の両替所は日本語が通じると日本で読んだガイドブックに書いてあったの
で安心していたのだが、2人いた女性職員はどちらも日本語は全く駄目、英語も
片言だった。まあ言葉は通じなくとも両替だけならほぼオートマティックに出来
る。示されたのは JPE50000で NT$13120(台湾の通貨単位は元だが NEW TAIWAN
DOLLAR・NT$ と表記されることが多い)。手数料として30元取られるので私に返
ってくるのは 13090元。1元 3.8円というレートだった。
 女性はこれでいいならサインしろと言っている(ようだ)。額に不満はないが
高額紙幣ばかり渡されても使い勝手が悪いのでメモ用紙出してもらって1000元×
8などと書いてゆき券種と枚数に注文つける。500元×6、100元×18と此処まで
が紙幣で、残り 290元はコインにしてとオーダーしたのだが、片言英語でコイン
はあまりないのでそんなに出せないとか言われ、90元しかくれなかった。その分
100元紙幣が増えたがこのあとバスに乗る予定で、小銭必要とするだけに計算が
狂った。
 両替所なんだからコインもたっぷり用意しとけよと言いたい処だが、日本語で
言っても通じないだろうな。無いと言われちゃ仕様が無い。「謝謝(シエシエ・
ありがとう)」と一声残して両替所を離れた。

 よし両替も終わった。これで空港脱出だ。この時時刻はもう9時半になろうと
していた。売店で22元の缶コーヒー買って釣り銭で小銭増やし、路線バス乗り場
へ向かう。因みに台湾にも消費税(名称は営業税で5%)はあるが、価格に込み
の内税なので旅行中意識することはなかった。
 近年 MRT(Mass Rapid Transit・都市交通、地上も大分走るようだが平たく言
うと地下鉄か)空港線が開通し、ほとんどの人はそれで台北に出るようだが、私
は今台北に行く用はなく、台鉄と違って MRTには興味もないので、そのルートは
採らず台鉄桃園火車站へバスで直行する。その方が運賃も安く、南へ向かう私に
は方向的にも理に適っているのだから金もなく、合理主義者自認し、人と違うこ
とをやるのに喜び感じる身としてはこちらを選ばない訳がない。
 バス乗り場へ行くと既に台鉄桃園行が停まっている。しかも直ぐにも発車しそ
うな気配である。本数もそれほどないと聞いているので、これを逃したらこの後
大変と急いで乗り込んだ。運賃は先払いの様だが、幾らか判らない。運転手に小
首傾げてみせたら指を4本立てたのを2回出したので、44元かと諒解した。料金
箱に10元4枚入れ次に1元貨入れようとしたらこれがさっき缶コーヒーの釣りで
もらった78元分の3枚しかない。お、1元足りない、どうしたものか。1元くら
いいいと言わないかなと都合のいいこと考えたが、運転手は私の掌に載った5元
貨指してそれを入れろと身振りで要求する。1元余分に払うのか、それは面白く
ない。と、思いはしたが、1元貨1枚調達のためにバス1本見送るのも馬鹿な話
で、ここは釣り銭の出ない台湾のバスに十分な小銭持たずに乗る方が悪いかと諦
め5元投入。もちろん両替機くらい備えとけよとの思いはある。台湾のバスでは
釣り銭を出さないのが当たり前らしいが、ICカードも使えるバスだし両替機能く
らい持っててもよさそうだが、これも国民性か。それとも今時現金で払う客など
想定していないのだろうか。
 ついでに書いておくと台湾には悠遊カードというチャージ式ICカードがあり、
スタートは 台北MRT利用のためのものだったようだが、次々と利用範囲が広がり
今では MRTだけでなくバス(台北市バスも民営バスもまた地方のバスも)やコン
ビニ更には台鉄でも使えるようになっている。 MRT運賃2割引など特典もあり、
人気は上々で多くの台湾紹介ブログも<絶対持つべき><持たないと損>などと
勧めている。
 しかし私は持たないと決めた。台鉄も70㎞以内なら区間車(各停)の運賃が1割
引と得は得なのだが、実際額にすれば70㎞乗って日本円で4~50円浮く程度で、
チリも積もればがあるにしてもそのくらいのメリットならまだ切符買って乗る方
を選びたい。<いちいち切符を買う手間が省ける>と利点を強調するブログもあ
ったが、私に言わせればそうかなあと、私の感覚では切符買うのは手間ではなく
鉄道旅の楽しみなのだから。
 
 私が座るとバスも直ぐ発車。第2機場寄ったりと暫くは空港エリア走ったが、
ほどなく幹線道路へ出、桃園火車站へ向けスピードを上げた。窓の外には意外と
街が連なっている。台北郊外と言うには遠く、桃園市中心部からも離れているの
で、もっと牧歌的な風景の中を行くのかと思っていたが畑などは全く見えず、道
路沿いには3~4階建てのビルが連なっている。それらの多くはレトロ感があり
看板も漢字なので昭和の時代に舞い戻り、日本の地方都市訪ねてるかの感覚に捉
われる。
 交通量も多い。車もさることながらバイク、スクーターの多さにには目を見張
った。正に群れを成して走っているではないか。この辺りは首都台北を中心とす
る台湾最大の人口集積エリアだけに人が溢れているかの様相がある。

 市街地を巡りながら徐々に中心に近づくという感じでバスは走り(実際どう走
ってるかは判らない)約1時間で台鉄桃園に到着。ただ降りたのは駅前ではなく
駅まで歩いて数分掛かる街角で何故か其処が終点になっている。情報は得ていた
から戸惑いはないが、駅はどっちにあるんだろう。
 ままよと適当に歩き出し信号一つ越えたが、どうも駅へ向かってるという感じ
ではなく、今は街歩き楽しむ暇もないので、ウロウロするより誰かに尋ねようと
足を止めた。と向こうから女性が一人。台湾では若い女性を小姐と呼ぶが、さし
ずめ中姐(この言葉は使わないらしいが)といったところか。かなりなぽっちゃ
りさんだがデニムの短パン姿で颯爽と歩いてくる。
 呼び止めて、かねて用意の「火車站在哪裡? フォチォーヂャンザイナアリィ
駅はどこですか?」と問いかけてみたが、発音が駄目なのか全然通じなかった。
では、と英語繰り出したがこれも駄目。Station が通じないのか。
 こうなったら仕様が無い。後はこれしかないとメモ帳出して、書きつけてある
桃園火車站の文字を見せる。と、さすがにこれは判ってくれて身振り交え駅へは
こう行けと教えてくれた。話に聞く通り台湾の人は親切だなあと感じさせる対応
だった。どうも方角違いで線路と平行に歩いていたみたいだ。鄭重にお礼言って
――謝謝連発しただけだが――踵返した。
 それにしても通じないもんだなあ。中国語も駄目、英語も駄目となるとこの先
頼るのは筆談だけか。

 教えられた通り少しバックして通りを1つ渡り角を曲がれば桃園火車站に辿り
着いた。此処から火車旅が始まる。
 構内へ進み、乗車案内の電光掲示板を見上げる。前の頁でも書いたが全くダイ
ヤは調べていない。さあ何時に何処行きがあるのだろう。実は日本で台湾旅行の
計画練る時、最もワクワクしたのはこの瞬間思う時だった。その時がついに来た
訳で、何とも言えない昂揚がある。

 
   桃園火車站改札口 ここから火車旅が始まった(後日撮影)

 私が行きたい南行の次の区間車(各停)は11・02新竹行と出ていて、もう10分
もない。何はさて置きまずは切符の購入。有人の窓口でも買えるが、此処は券売
機にチャレンジしてみよう。一応調べてはきているが、さあうまく買えるだろう
か。
 券売機は年季感じさせるボタン式のものが並んでいる。この型は区間車で概ね
1時間程度の近距離用という。まず上部の表で運賃を確認。新竹までは区間車で
72元となっているので相当のコインを投入する。釣り銭も出るが今回はジャスト
投入。次が枚数で1張(1枚)、更に列車種別で区間車、按票種で全票(大人)
を選び、最後に下部の駅名並んだ中から新竹見つけボタン押せばちゃんと切符が
出てきた。
 尚台北車站には新型のタッチパネル式券売機があって其方は紙幣も使えるとの
ことだが、ほとんどの駅にあるのは旧型でコインしか使えない。


     台鉄あれこれ

 ここで火車旅を始めるに当たり台鉄について簡単に触れておこう。
 台鉄は台湾鉄路管理局が運営する鉄道で、台湾の国有鉄道である。西部幹線、
東部幹線、屏東線、南廻線からなり台湾島を一周している。支線も含めて営業キ
ロは1070㎞ほどか。
 列車は自強号(じきょうごう・特急)、莒光号(きょこうごう・急行)、復興
号(ふっこうごう・準急)、区間車(各駅停車)があり、前3つは対号列車と呼
ばれ全車指定だが、近距離用券売機で購入の際は座席の指定が出来ないので<無
座>の切符が発行され、立って行くことを承知で乗ることは出来る。満席で指定
席券が発行されない場合も無座で乗れる。そして空席があれば座ってもOKで、
指定券持った人が乗ってくれば譲ればそれでよしということになっている。これ
は台鉄ルールというより長年月掛けて利用者が築いてきた暗黙の了解事項かと思
う。座席には1等2等など等級はなく全車均一である。
 尚自強号の中に<普悠馬><太魯閣>という名前を持つスペシャルな列車があ
るが、こちらは完全全車指定で無座では乗れない。新型車両用い高速で走って所
要時間も短いのだが、何故か特別料金はなく普通の自強号と同じ運賃で乗れる。
 以前は上記列車の他、通勤電聯車、平快車、普快車などの区分があったようだ
が今は区間車に置き換わっている。ただ普快車は1編成1日1往復だけが南廻線
に残っている。復興号も今ではあまり見られず、区間車に統合されつつあるよう
だが繁忙期になると通常は自由席の区間車に復興号冠して全車指定で走らせると
いう復活劇もあるという。
 台鉄は列車ごとに切符買うシステムで、通しで長距離買って途中下車するとい
う方式は採れない。列車を3回換えれば切符も3回買うことになる。区間車に限
り直ぐ乗り継ぐなら通しの切符でも可とのことだが、これはあくまで近距離限定
で多分待ち時間に改札を一旦出て、というのは出来ないだろう(未確認)。
 運賃は列車で決まり、1㎞当り自強号 2.27元、莒光号1.75元、復興号・区間
車1.46元で計算される。少し古い資料だと復興号1.46元、区間車1.06元で出てい
たりするが、今は運賃も統合されてしまっている。区間車の車両もよくなってス
ピードアップされた、冷房も入るようになったなどが、復興号と運賃揃えた理屈
に使われたようである。
 先に記した普快車1編成だけが1㎞ 1.06元で計算され南廻線の枋寮-台東間
98㎞を区間車143元のところ104元で乗客運んでいる。安い理由は車両が古く冷房
もないからという。しかし近年はこの車両のレトロさが鉄道迷(台湾で言う鉄道
マニア、日本人も結構来るようだ)の人気呼んでいるらしい。
 また2007年から俗に台湾新幹線と言われる台湾高速鉄道(高鉄)が台湾の2大
都市台北ー高雄間で運行されているが、台鉄と高鉄は全くの別会社で、多くの駅
は離れていて、相互の乗り継ぎなどは極めて不便というか最初から考えない方が
マシといったレベル。それゆえうまく棲み分けが出来ているとも言えるかもしれ
ない。
 尚この台鉄に関する稿は、日本へ帰ってから調べて書いているもので、行って
る時は切符は列車毎に買うという程度のことしか知らなかった。

 さて発車時刻も迫っている。自動改札で入場し月台(ホーム)へ、ラッシュと
いう程ではないが人が多い。新竹行は少し遅れて到着。車両は新しい。10両編成
だと思うが、それでも結構混んでいてドア脇に立ったまま行く。座席は窓を背に
したのと前向き後ろ向きを2席ずつ組み合わせたちょっと変わったもの。4人掛
けボックス席の片側を90度回転させ壁に押し当てた形と言ってもいいか。西部幹
線の区間車は私が乗った限りでは高雄までずっとこの型だった。
 中国語、英語の車内放送が入るが、駅名が日本語読みとは違うので(例えば桃
園ならタオユエン)先ず聞き取れない。ただしドア上に前駅・当駅・次駅の表示
が出るので迷うことはない。
   
    
   区間車車内 これは後日空いてる時に撮ったもの    

 約1時間で新竹站着。人波に乗って外へ。台鉄の切符は出口の有人改札にある
スタンプ押せば持ち帰りOKなのだが、私は切符集める趣味はないのでそのまま
自動改札に投入して出た。
 駅前は実に賑やか。多くの人、車が行き交っている。学生風の若者目に付くの
は大学が近いからだろうか。
 新竹市は人口40万余。清代からの歴史を持つが、近年はパソコン、半導体など
ハイテク産業集積地として知られ<台湾のシリコンバレー>の異名も持つ。郊外
のサイエンスパーク(工業団地)には日本企業も多く進出し、そのため新竹の日
本人率は結構高いとのことである。
 さて先ずは乗り継ぎの確認。全票台(入口)へと回る。台鉄のちょっと大きな
駅は乗る方と出る方の改札が離れて設置されていて、大体入る方は駅舎のほぼ中
央、出口は端っこにある。
 本日の目的地は台湾中西部の中核都市台中。南行はこの後新竹から3駅行った
竹南の先で海線と山線の2方に分かれのちに再び合流するのだが、台中は山線の
途中にあるので、此処は間違えないよう壁の時刻表を凝視。12.41苗栗行が山線
なのでこれに乗ることにした。苗栗は初見ではなく日本で読んだガイドブックに
チラリとは出ていたが、訪問の考えも無く完全にスルーしていたので何と読めば
いいか、日本語、中国語ともに判らない。まあ券売機だから切符買うのに差し障
りはないだろう。
 苗栗行の発車まで約30分あったので外へ。先ず新竹火車站を見ようと道路越え
た処にある駅前広場へ足を向けた。
 そして距離置いて新竹駅眺めたが、これは中々のものであった。1913年建造の
現存する台湾最古の駅舎で、台湾の重要文化財に指定されたというのも肯ける風
格を持っている。東京駅の建造が翌14年で、その縁からか新竹と東京は姉妹駅に
なっている。

  
                    新竹駅  站前広場より

 そのまま駅前広場で休憩。空腹覚えたので日本から持参のパンを齧る。食の宝
庫台湾へ来て昨日のパン食べてるというのも冴えない話だが、携行食で用意し羽
田で半分食べた残りがまだザックに入っていた。貧乏暮しの身で食べ物を捨てる
ような勿体ないことはことは出来ないし、せっせと片づける。

 時間見計らって駅へ戻り、券売機で苗栗までの切符買おうとしたらコインが足
りなかった。50元のところさっき20元の水を買ったので31元しかない。では有人
の窓口へ行くかと其方を見たら結構並んでいる。もう発車まで5分ないから行列
に加わったのではとても間に合わない。
 さあどうするというところだが、こういう場合旅する者の鉄則がある。それは
「乗ったら勝ち」というもの。乗ってしまえば後はなんとかなる。で、竹南28元
の切符買い入場、苗栗行区間車に乗り込んだ。
 同じ型の車両だが、さっきと打って変わりガラガラに空いている。新竹出て暫
く走ったら車窓の風景も随分と田舎めいたものになってきた。
 苗栗で乗り越し精算すればいいかとのんびり乗っていたが二駅過ぎた辺りで車
掌が回ってきた。ではと切符差し出し苗栗まで買い足そうとして、一瞬固まって
しまった。「何と発音すればいいんだ」そう苗栗をどう読むか判らないままだっ
たのだ。咄嗟に「ディス トレイン フィニッシュ」と情けない英語並べたら中
年男性の車掌は一言「ミャオリー」と返してきた。
 そう言われても意味が分からん。苗栗と言っているのか、それとも中国語でも
う1度言ってくれとか、そういう類のことなのか、さあどうすればいいんだ。と
途方に暮れかけたその時、駅に近づいたようで車掌はちょっと待ってという仕草
を残し、乗降の扉の傍へ行った。
 そしてキーを取り出すと扉の横に設置されている開・閉のボタンが並ぶボック
スに差し込んだ。どうやらそれで全扉の開閉操作が出来るようである。
 駅に着くと車掌はキーを少し回した。すると車掌のいるドアだけが開く。身を
乗り出してホームの状況確認し、開ボタンを押す。そこで全車のドアが開く。客
が乗降終えたら閉のボタンで扉を閉めたが、この時車掌のいるドアだけは閉まら
ない。身を乗り出し(ホームに出てたかな)安全確認して運転士に無線で合図送
る。列車が動き出すとまたキーを少し回す。車掌のいるドアが閉まる。キーを抜
き車内巡回に戻る。
 こういう手順であった。客車の真ん中で車掌がドアの開閉を操作するというの
は私には珍しかったのでちょっと書いてみた。
 台鉄が総てこの方式ではなくこの型の車両だけかもしれないが、これだと走行
中に車掌は最後尾の乗務員室に籠っている必要はなく車内を動き回り、駅に来た
らどの車両ででも扉扱いが出来る訳で、中々合理的と言うか、運行面と旅客対応
を効率よくこなせる賢いシステムだと思う。
 列車は再び走りだし車掌が戻ってきた。私はこの間に車掌のドア操作観察しな
がらメモ帳出して、こんな字だったよなと記憶呼び起こし苗栗と書いておいたの
で、それを見せることで無事乗り越しの切符も買えた。竹南―苗栗22元。2枚の
切符を重ねホッチキスで止めたのを渡してくれた。
 尚ミャオリーは苗栗の読みで合っていた。
 
 13.16苗栗着。次は13.57に斗六行がある。斗六は台中の先なので次が今日最後
の火車になるだろう。
 苗栗もそこそこ大きな市らしいが、中心部が少し離れているため駅前は人通り
も疎らで寂しい感じ。街の方へ行こうかと思ったが、時間的にちょっと忙しくな
りそうで、結局駅前をぶらぶらっとしただけ。苗栗鉄道文物展示館という案内も
目に入ったが、乗って旅するのは好きでも車両そのものにはあまり興味ないので
行かなかった。
 台中までの切符は窓口で購入。<台中 区間車 13.57>とメモして差し出す安
全策採ったので一言も発せず。最後に謝謝とは言ったか。

 駅を幾つか過ぎる内、車窓の風景が緑濃い長閑なものから次第に人家が増えて
町を感じさせるようになり、気が付けばいつしか線路も高架になっていた。ビル
が目立つようになったなと思っていたら台中に到着した。14.48.
 駅は去年からか高架の新駅に換わっている。風情も何もないのっぺりしたコン
クリートの塊の3階建橋上駅で、日本の新幹線の駅を思い起こさせる。こんなの
がいいのかねと思いはするが、こういう駅になった経緯は判らないからそれ以上
の感想はない。
 ただ台湾国定古跡に指定されている旧駅舎は保存され、鉄道文化博物館として
整備されるとのことである。今は台中市街へ抜ける通路として利用されているが
改札口などもそのまま残されている。

  
        台中旧站改札口 もちろん今は使われてはいない

 さて旧站駅頭に立つと目の前には台中市街が広がっている。人口 277万の直轄
市の玄関口だけに人も車、バイクも溢れていて、東京でも下町の墨田区に住み都
心に出ることも稀な私など圧倒されてしまう。
 とは言え台中の街歩きも楽しみの一つとして来ているのだから立ちすくんでい
ても始まらない。地図を取り出し午後3時の台中の街へと繰り出した。
 地図は図書館にあったガイドブックの付録に付いていたのをコピーしてきたも
の。コンパクトなものだが主な通りの名前も入っているので、十分使えると見て
チョイスしてきた。
 まず台中駅前から伸びるメインストリート台湾大道を行き、15分ほどのレトロ
な味のある台中第二市場の角を右折して三民路へと入る。目指すのは台中で評判
という老麺店。日本で読んだガイドブックに載っていたのだが、台中に着いたら
街歩き兼ねて食べに行くかと決めてきた。
 因みに私はグルメではなく、この旅でも食の比重は低い。とは言え普通に美味
しいものを食べたいという思いはあるからそれなりに期待もしている。ただ過度
に時間と労力費やしてまでとは思わないから行列が出来てたら並ばずUターンす
るだろう。
 さすが南国台湾は暑い。しかし出てくる前の東京も暑かったし、私自身暑さに
は強いから慣れぬ暑さに悪戦苦闘ということはなく、すいすいと歩いてゆく。ザ
ックも背負ったままだが、着替えしか入ってなくから4~5㎏程度だと思うので
行動妨げることはない。
 むしろ歩く上での難敵は路上走り回るバイク・スクーターの群れで、運転荒っ
ぽく歩行者優先の感覚も薄いので、気を抜いて歩いてたらいつ何時引っ掛けられ
るか判ったもんじゃない。とにかく青信号で横断歩道渡っていても、平気で歩行
者目掛けるが如くに右折左折のバイクが突っ込んでくるのだからスリル満点では
ある。
 三民路を15分ほど歩いて目的の有智老麺店に到着。思ったより小さく古びた店
だが、その分歴史を感じさせるとも言えるか。女性3人で調理から接客こなして
いる。
 3時半過ぎという時間もあって空いていたのですんなりと入店し、壁に貼られ
たメニューを指差して注文。待つこと数分で、この店自慢の鶏捲入り黄麺が運ば
れた。鶏捲は鶏ミンチと玉葱、葱など刻んだ野菜を練り固めて油で揚げたもので
評判の元はこれらしい。さて先ずスープを一口。あれ、意外と味が無い。も少し
濃が欲しいなあ。これで評判取っているのかと首を傾げた。私はグルメではない
が、これで味には結構うるさいのだ。
 完食し代価50元払い退店。全体としてまあまあだったとしておくか。途中で、
台湾は薄味なので店によっては客が最後に味を調整する、とか何かに書いてあっ
たなと思い出し、其れらしき調味料探したけれどラー油の類しか置いてなくて、
結局薄味のままだった。台湾の人達の味覚にはあれが合っているのかな。あれが
台湾標準なのかどうか、他の店でも食べて検証してみよう。
 三民路を引き返しさっき気になった台中市第二市場へ行ってみる。もう夕方に
差し掛かっていて、営業終了の店もあり、特に奥の方はひっそりとしている。三
民路側に屋台風の飲食店が何軒もあり其方は結構賑わっていた。市場内の通路は
枝分かれして、奥へ延びる通路には妖しさが漂っているが、迷路と言うほどでは
ない。

  
                    台中市第二市場

 時計見れば4時半前も過ぎていたので、今宵の宿へ向かうことにした。初日か
ら宿を求めてウロウロというのも避けたかったので、インターネット予約で確保
してきた。五権路にあるミニウエストホテル(小西城旅店)で台中駅から歩けば
30分は掛かるが、ネットでの評判も良かったし、明日の予定こなすのに適したロ
ケーションだったので此処を選んだ。もちろんリーズナブルというのも大きな理
由ではある。
 第二市場からは15分余り。ちょっと迷ったが近所の人に教えて貰い無事到着。
台湾大道から五権路に入って直ぐの、それほど大きくはない雑居ビルの7階から
上の何フロアーかがホテルになっている。フロントは7階にあり、入っていくと
小姐が1人いた。
 「Hallo」と呼びかけて名乗り、今晩ネット予約している旨伝えたがどうも通
じない。彼女は達者と言うか流暢な英語話すので、やはりこっちの発音か表現に
難があるのだろう。しからばと予約完了メールをプリントアウトしたものを見せ
る。これを見せることなく言葉のやり取りだけでスムーズにチェックインしたか
ったのだが伝わらないのだから仕方無い。表記は日本語だが予約№が記載されて
いるので、それをフロントのパソコンに打ち込めば、どうやら私の情報が出たみ
たいで無事今夜のねぐら確定となった。クレジットカード決済にしているので此
処での支払いはない。
 カードキーなどが渡され、夜間の出入りの仕方など説明のあと部屋に案内され
た。此処は上階にスタンダードダブルなど個室もあるが、私が泊まるのはドミト
リーで、大部屋に造り付けの2段ベッドがずらりと並んでいて、ざっと40人部屋
というところか。因みに男女共用である。
 ベッドは最近流行の洞穴式という足下から入っていく形のもので、これだと両
側が壁になるので遮音性があり、プライバシーもある程度は確保される。ホーム
ページに出ていた画像見て、これなら居住性高そうと、此処に決めた理由の1つ
でもある。寝具も清潔で申し分ない。これで朝食が付いて1泊が1800円ほど。コ
スパ的にも申し分ない。
 シャワーやロッカーのことなど一通り説明した後、小姐はやや長く語った。そ
れまで小姐の流暢な英語を十分に聞き取れたとは言い難いが、こういうこと言っ
てるんだろうなとはなんとか推し量れた。しかしこれは皆目理解できない。そう
伝えると彼女はよしとばかりスマホを取り出し、猛烈な勢いで入力し始めた。そ
して私にスマホを差し出す。
 そこにはややおかしな表現ではあったが、日本語で「もし分からないことがあ
ったらなんでも遠慮なく訊いてください」という意味の文章が表示されていた。
おおこれがチラとは聞いたことがあるスマホの翻訳機能(アプリ)か。スマホ持
つことなく生きてきたから初めて目にする。敵も言葉で通じないならと最後の手
段繰り出してきたか。「Ok I Understand」とかなんとか答え、彼女の気遣いに
謝意も添えたが、同時に手間の掛かる客で申し訳ないとの思いもあった。

 夜は宿から徒歩10分ほどの中華路夜市へ。通りの両側にズラリ屋台が並んでい
る。麺あり海鮮あり揚げ物ありと、色んな屋台覗き歩くのも楽しい。しかしこの
夜市すこぶる危険でもある。大抵の店は歩道に椅子とテーブルを置いて店舗とし
車道の端に屋台構えているので、客は自然と車道の中央寄りを歩くことになる。
夜9時に近いとはいえ交通規制もしていないから車、バイクがバンバン通り危な
くて仕様がない。よくこれでずっとやって来てるなと感心する。出発前に読んだ
ガイドブックに<かつては台中で一番賑わう夜市だったが、近年は他の夜市に人
が流れ衰退気味>とか紹介されていたが、この危なさも理由の一つだろうと推察
する。
 もしまた台中に来ることがあっても此処だけは来ないだろうな、と思ったが、
それでも2往復はした。中華路はほとんど飲食系で、それとクロスする公園路に
衣料、雑貨の店が集まっている。
 さあ何処にしようかとかなり迷った挙句、台湾大道の角に出ていた店に入り、
指差し注文で焼肉飯45元と魚丸湯25元で今日の夕食。魚丸湯は魚のすり身を丸め
た具が入ったスープだが、昼間の老麺よりしっかり味は付いていた。

 腹ごしらえの後は、飲み物にもスイーツにも目も呉れずに帰り途。昨夜からほ
とんど寝てないから(羽田の縁台ですこしウトウトしたかな)さすがに眠い。
 五権路まで戻り、宿に入ろうとした時少し先のコンビニが目に入り、そういえ
ば水が切れてたな、と何か飲み物求めるため足を向けた。必ずしも必要という訳
でもないが、夜中に目が覚めて喉の渇き感じた時のため用意しておくに越したこ
とはないだろう。
 コンビニは五権路の向こう側。信号渡ってコンビニの前に立った時、前方に黒
々とした家並みが連なっているのが見えた。その辺りは台湾大道と五権路という
台中きっての大通りからほんの少し入った区画なのだが、表通りの華やかさや豊
かさとは縁遠いノスタルジックな裏街が街灯の頼りなげな光に浮かんでいる。
 その光景に誘われ、ふらふらと近づいてゆき、そしてそのまま夜の街歩き出し
てしまった。少しだけのつもりが、歩くのは好きな人間だけに次第に気持ちよく
なり中々足が止まらない。
 さて何処まで行くのやら。


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