台湾火車旅出たとこ勝負

      其の4 台南を歩く

       
7月21日金曜日 晴 台湾3日目

 
台南の1日は7時28分スッキリとした目覚めと共に始まった。寝たのは2時過
ぎと遅かったが、その分ぐっすり眠れたので寝不足感はない。今日も体調はよさ
そうだ。
 シャワー浴びて下へ降りていくとリビングに女ヘルの花さんが座っていたので
お茶を飲みながら暫く話する。ヘルパーも朝からバタバタしていないのがこの宿
らしくていい。絵葉書を買える店など台南情報幾つか仕入れる。
 はむ家出発は9時半頃。街歩き用に用意してきたちっちゃなディパックにメモ
帳、デジカメ、スコール対応のカッパ(上だけ)など放り込み肩に引っ掛けて出
た。パスポートはどうしたものかちょっと思案したが、特に必要ないだろうし部
屋に置いとく方が安全かとザックに入れたままで持たなかった。
 まず忠義路をゆっくりと南へ行く。今日もくっきり晴れ渡った夏空。気温もぐ
んぐん上昇しているが、旅行者にとり天気がいいのは何よりのことで、暑い位は
なんでもない。

 
   こんな出で立ちで台南の街彷徨ってます  忠義路にて

 10分弱も歩けば中正路との角に建つ林百貨店前へと至った。日本統治時代は台
南の文化と流行リードする地域一番の百貨店で、戦後は事務所に転用されたりし
た後80年代から長く空きビルの時代が続いたが、数年前より台南発のファッショ
ン、ギフト、文創商品扱う商業ビルとして再オープンし人気スポットになってい
るという。
 因みに文創商品にはクリエィティブグッズとの説明が付けられている。
 ガイドブックにレトロな建物と紹介されたいたので、その点では多少興味もあ
ったものの人が群がる処は避けたい方なので来る積りはなかったが、花さんから
此処なら絵葉書を売っていると教えられたので予定変えてやって来た。
 旅の便りを日本の知人概ね今年年賀状をくれた人宛てに送る積りでいる。若い
頃から世間の慣わし摺り抜けて生きてきた人間なので、年賀状というものも子供
時代を過ぎれば出すことは無かった。ただ貰うことを拒絶しないし貰えばやはり
嬉しいもので、お返しとして旅先から絵葉書を送ることにしていた。多い時で30
枚位来たが、年に何回か旅に出てはせっせと絵葉書書いたものだ。今思えば「返
礼」のノルマ果たすために旅をするという一面もあったかもしれない。
 近年は来ても10枚位。お返しの必要ない相手もいるのでこの旅から出すのは7
枚の予定。台南にいる内にせっせと書かなくては後が苦しくなる。
 
 林百貨店はまだオープンしてなかったので、少し足を延ばして儒教の開祖孔子
を祀った台湾では最古という孔廟辺りを散歩。南門路越えた先にあるガイドブッ
クのどれかが<台南の原宿>と紹介していたお洒落ショップの集まる府中街も歩
いてきたが、時間が早いので開いてる店も人通りも少なくひっそりとしていた。
 その後「抜けられるのだろうか?」と心配させられた友愛東街辺りの路地裏ブ
ラブラして時間潰し再び林百貨店へ戻れば今度は営業していたので店内へと入っ
ていく。
 館内は結構賑わっている。観光客と地元の若者が半々くらいだろうか。ただ遠
来の客と地元民の正確な見分けがつく訳はないからなんとなくそう感じたという
だけで特に根拠はない。
 絵葉書求め階段で上へ上へと上がって行き4階の書籍やCD置いた文化フロア
で回転式のラックに並べられているのを発見。あったあったよかった、という処
だがこれが絵柄は数あるもののどれももう一つパッとしない。もう少し台湾感じ
させるような写真なりイラストないものか。
 一時は止めようかとも思ったが、他に代案もないし思案の末ましな方の台南火
車站写したもの他購入。1枚30元と思ったより高かったが、これも観光客向けプ
レミアム価格かもしれない。

 絵葉書買えば目的は果たしたので、人混みから逃れるように林百貨店退館。中
正路から永福路そして民権路と街歩き楽しみ、午近くなってきたので民権路二段
だったか阿銘牛肉湯という軽食堂に入って牛肉麺(ニュウロウミェン)の昼食。
今回もメニュー指でさしての注文だった。
 名前から多分こんな麺だろうと予想しての注文だったが、出て来たのは概ね思
った通りの麺の上に牛肉の塊が載ったボリュームある汁そばだった。此処もスー
プは薄味だが肉にはしっかり味が付いていて美味かった。代価は台湾の麺として
は少し高めの 120元だが中味と釣り合っているとは言える。
 
 さて腹も脹れたので地図を取り出して次の目標へのコースを確認。まだ地図な
しでは台南の街を歩けないが、地図を見ながら歩くのはいかにもお上りさん的な
ので、格好つけて移動中はディパックのポケットに仕舞ったまま歩き、ポイント
で取り出しては眺め、道順頭に入れてまた進むという方式で行く。
 西門路へ出て北へ行き、西門圓環(ロータリー)から民族路へ入り、路地を抜
けて成功路更に公園路と繋いでいく。
 そして公園路を歩いてやって来たのは台南公園。広く緑豊かで大きな池もある
公園で、都心からも台南車站からも近い便利な場所にある。私は公園の西南角か
ら入ったのだが、目的の場所は東北角にあるので公園横断して行く。
 月並みな表現だが台南市民憩いの場とあって、木陰に台を据え麻雀や象棋(中
国将棋)に熱中しているオジサン達や健康遊具で躰をほぐす人達など利用者も多
い。芝生には寝そべってる人もいるが大丈夫なんだろうか。私が出てくる前の日
本では人命脅かすヒアリという毒蟻の国内侵入が毎日のようにニュースに取り上
げられちょっとしたパニックになっていた。この蟻は南米原産だが、輸出のコン
テナなどにくっ付いて世界に広がりアメリカ、中国そして此処台湾では猛烈に繁
殖し、かなりな被害も出ているという。その話聞いて、私も台湾へ行ったら用心
して草地などにはなるべく近づかないようにしようと考えていたのだが、実際に
来てみればこっちの人は平気で芝生に寝転がっている。ヒアリ恐れるに足らずな
のか。少なくともヒアリに怯えて暮らすというのでないことは確かなようだ。

 そして次なる目的地へ到着。其処に建つのは台南市立図書館。台南市の中央図
書館である。このHPの表題が「図書館漂流記」であることから判るように私は
図書館が好きな人間で、旅の空でも時間があればその地の図書館を訪ねるのを楽
しみにしている。
 台湾に来てもそれは変わらない。もっとも図書館探訪が総てに優先する旅の目
的という訳でもないから飽く迄も時間に余裕がある時にということになる。もっ
ともかなり無理して時間捻り出す場合もないではないが。

 
                 台南市立図書館正面

  
 さほど大きな館ではない。外観も地味で一昔前の県立図書館(日本の)想わせ
る。館内構成は日本の図書館と変わらない。1階に新聞雑誌コーナーと児童室が
あり2、3階に書架と閲覧席が並ぶありふれた造りとなっている。5階建てだが
案内板に依れば4、5階は事務室等になっていて利用者にはそれほど用はなさそ
うだ。
 書架は壁面が6段。フロアに並ぶのは3、4段が多く見通しはいいが、その分
資料の数は制約受ける。さあ開架10万冊はあるだろうか。当然ながら並ぶ本は一
部を除き大多数が中国語なので個々については語れない。
 分類はお馴染みの十進分類法だが、当然ながら日本十進分類法とは異なり中文
図書分類法が用いられている。いずれも十進分類法の母とも言えるデューイ十進
分類法を基にしているから似た処もあるが、宗教が2類で独立していたり、歴史
が6類とか結構違いは大きい。宗教の中で道教が仏教、キリスト教と同じ扱いで
並んでいる処にも異国感じる。
 並ぶ本の大多数は軽装版のペーパーバックでハードカバーは皆無に等しいと言
っていいくらいで、日本とは大違いである。この辺り装丁には重きを置かぬ合理
性か、人口2300万の台湾ではそれほどの売り上げが望めず、コスト掛けぬ出版に
ならざる得ないのだろうか。
 外国文学の棚には日本文学もある。司馬遼太郎・三島由紀夫・松本清張・江戸
川乱歩・高村薫・浅田次郎・京極夏彦・恩田睦など千数百冊が並ぶが草臥れた古
い本が多く見られる。特に文学性が高いものとか狙いがあって並べているという
より適当感が強い。因みに原書ではなく翻訳本である。

 館内一渡り歩いた後私も勉強中の学生さんたちに混ざり、閲覧席ひとつ借りて
絵葉書に取り掛かかった。

 「ご無沙汰です。今台湾旅行中。台鉄という台湾の在来線使って1週間の鉄道
  旅楽しんでます。相変わらずの貧困生活で海外旅行と洒落てる場合ではない
  のですが、崖っぷちの旅もいいもんです。台湾入り3日目。今日は古都台南
  を散歩。天気にも恵まれまずまずいい旅になってます。ではまたいつか」

 まあ絵葉書だけに軽くこんな文面でまず1枚。内容少し変えてもう1枚と順調
に2枚書けた。もう1枚とも思ったが、なにやら混み合ってきたようで、台南市
民でもない者が机占拠してるのも悪いかなと立ち上がった。

 図書館出て特に用はなかったが台南火車站までぶらぶら歩き、ちょっと駅構内
覗いて停車場の雰囲気楽しんだ後駅前の郵便局で絵葉書用の切手(エアメールで
10元と安かった)買って15時頃一旦はむ家へ帰館。さっとシャワー浴びて仮眠取
る。今夜は夜市に出掛けて行くとあって連日の夜更かしに備えた。

 夕方6時半頃夜市へ向け出発。私は単独行を好む人間なので、他に夜市へ行く
泊まり客がいてオーナーあたりから「一緒に行ったら」とか勧められたら断るの
も気まずいし、かといって同行すればペース合わせるのにストレス感じるだろう
し、どちらも不味いよなと案じていたが、声は掛からず。望み通り単独での夜市
行きとなった。ただ1人で行ったらそれはそれで「やっぱり1人じゃ面白くない
な」と思ったりするのだから扱いづらい人間ではある。自分で言うのもおかしい
が。

          
          大東夜市へ

 台南の夜市は流動夜市とも呼ばれ1ヶ所固定型ではなく曜日によって開催場所
が変わる移動型である。この日金曜日は2番目の規模という大東夜市の番となっ
ている。場所は中心部より少し離れていてガイドブックなどでもバスかタクシー
利用が勧められているが、地図を見ればはむ家から3~4㎞程度かなと思われる
ので、私にとっては楽勝の徒歩圏内。夕暮れの台南の街浮遊するかの如くに歩い
て行く。
 朝と同様忠義路に出て南へ行き民生路で左折して東へ向かう。少し行くと圓環
(ロータリー)に達した。かなり大きなもので中央が円形の公園になっている。
その円環に面し風格ある西洋建築の立派な建物があったのだが、私の事前調べに
はなかったもので「此れは何?」と近づいてみれば『国立台湾文学館』と掲げら
れていた。
 図書館へ行くのが好きな人間だけに「文学」という言葉には反応する。「こん
な施設があったのか、是非見学したい」と思ったのも自然なことだった。この時
はもう閉館後だったので翌日またやって来ることにして先へ進んだ。それにして
も犬も歩けば~ではないが、街を歩けば何かに行き当たるものではある。
 また円環の中の公園は「湯徳章紀念公園・とうとくしょうきねんこうえん」と
いい台湾民主化の象徴でもあるのだが、これについては次回述べたい。
 この円環からは開山路を行き、十数分歩いて今度は大同路へと入っていく。
 
 大同路を暫く歩いた処でスコールがきた。まだパラパラとした振りだがこの後
ザーッと来そうな気配がある。
 実はスコールは南国らしく昨日も一昨日もあった。ただ一昨日はホテルに入っ
た後だったし、昨日は嘉儀から台南へ火車での移動中と行動に影響することはな
かった。しかし今回はもろに影響受けそうだ。カッパは持っているが、これは緊
急避難用で、今は使う気分ではない。
 で、雨宿りを選び傍にあった飲料店(ドリンクスタンド)へと入っていった。
台湾には街中にお茶、ジュースを販売するスタンドが其処此処にあり、利用する
人も多い。コンビニもやたらとあって当然ペットボトル飲料も売っているが、鮮
度も良く、好みの配合もオーダー出来ることからドリンクスタンドの人気は高い
という。私も気にはなっていたものの注文のハードルが高そうで利用を躊躇して
いたのだが、思いがけずチャレンジの時が来た。
 カウンター前まで進み、さて注文。迎えた店員は何故か欧米系の白人青年だっ
た。まあ台南も大学が多いから白人の留学生がバイトしていても不思議はない。
台茶を頼んだが、注文表が用意してあって、微糖とか氷少な目など指で指すだけ
でよかった。たっぷりの 700(あるいは 750)㏄カップで20元。PPフィルムで
シールして渡してくれる。このフィルムのふたに太目のストローをブスッと突き
立てて飲むのが台湾流である。
 店頭に設けられた席(もちろん屋根がある)に就き、スコールに煙る夕暮れの
台南の街角眺めつつひとり台茶味わう。中々に旅情溢れる光景で悪くはない。
 と思っていたのだが大して降らぬうちにスコールは止んでしまった。こんなこ
ともあるのか、そのまま歩いててもよかったなと思いはしたが、南国のスコール
はドッと来てから雨宿りの場所探したのではずぶ濡れ必至なので、まあ致し方な
い判断と納得している。
 
 そのまま暫く座っていて、再度降り出す気配がないのを確認してから立ち上がり
更に大同路を進んだが、その先で道を間違った。左折して林森路へ入っていかなく
てはいけなかったのにそのまま直進してしまったのだ。この辺り街並みが中心街と
は違う様相見せてきていてそちらの方に気を取られていた。
 少し行った処で気が付き精々 100m位なので引っ返そうかとも考えたが、実は
私はこういう場合素直にUターンするのを好まない人間で、間違ったならこれも
一興とそのまま進んで予定外の景色など楽しみ、回り道して目的地に至るという
方法をよくとる。実際旅行中の街歩きではそういうこともざらにある。
 この時もままよと直進。もちろんケースバイケースで、時間に制約があったり
その道に入らなければとてつもなく大回りさせられるなどの場合はその限りでは
ないが、この時は待ち合わせもなければ、夜市は日付が変わる頃までやっている
から慌てることも無いし、まあ一旦南へ下って次の角から回り込んでいいかと前
進を選んだ。
 しかし次なる曲がり角は中々やって来ない。再度前進を始めて気が付いたのだ
が、曲がった先には台鉄の線路が待ち構えていて其れを越えなければいけなかっ
たのだ。そのためあまり細い道だと行く先に跨線橋も踏切も無さそうで、これな
らという通り求めて 7~800m位は歩くことになったか。
 ようやく中華東路という広い通りに行き着き、角を曲がって東へ歩けば跨線橋
があって無事台鉄西部幹線の軌道も越えた。そして跨線橋のスロープを下って行
った先の角を左折して崇明路という通りへ入る。手持ちの地図は観光用で台南中
心部限定のものだから大東夜市まではぎりぎり入っているが、この辺りは切れて
いる。
 崇明路を暫く進んだが予想に反し中々大東夜市に辿り着かない。夜市に近づい
ている気配とか人の流れとかも全く感じられず些か不安になってきた。もしかし
て方角が微妙にずれていて見当違いの方へ歩いているのではないだろうか。暗く
なってきたし誰かに尋ねた方が無難か。
 そう思い始めた時行く手に警察署が姿見せた。   


         文化派出所の怪
 
 其処にあったのは『台南市政府警察局第一分局文化派出所』。日本で言う派出
所(交番)とは異なり警察署と言っていい規模を持っている。
 警察があるなら此処で訊くのがいいかと入っていくと、中は日本の警察署と似
たレイアウトになっていて、来所者は仕切りのカウンターに立って用向き伝える
ことになる。カウンターの向こうは事務室になっていて、この時警官が数名事務
作業などしていた。
 立ってきた警官に台南の地図を示し大東夜市の文字を指して此処へ行きたいん
だがと英語で伝えると、まあなんとか通じたようではある。当然次はああ行って
こう行ってと案内始まりものの1、2分で此処を出ていけるものと思っていたの
だが、想像だにしなかった光景目の当りにすることとなる。
 私の質問聞いた警官は地図を手にして後ろの席の同僚の処へ行き、何やら相談
を始めた。其処にまた別の警官が加わったかと思うと更にもう1人と、私が目を
見張るうちに4、5人でのミーティングが始まってしまった。
 彼らが話す言葉は中国語だから何を言っているかは判らない。ただ表情や声の
トーンなどから彼らの困惑は伝わってくる。
 これはどうしたことだ。道を教えるだけの事ではないか。

 「お前此処知ってる」
 「いや判んないなあ」
 「こんなとこあった」
 「何か間違ってるんじゃないか」
 
 目の前ではあたかもこんな会話が交わされているかで、そんな馬鹿なと狐に摘
ままれたかの思いがある。尋ねているのは大東夜市ではないか。台南第2の規模
で大勢の客が押し寄せ、観光名所にもなっている夜市ではないか。ガイドブック
にも載ってるし台南火車站の旅遊服務中心で配っている地図にもちゃんと記載さ
れている夜市ではないか。台南の警察官が知らないはずはないし、ましてや此処
はすぐ傍なのだから行き方くらいスラスラと教えられるだろうに。
 一体何が起きているのか。ただただ呆然と立ち尽くすしかない。
 
 この時1人の若い警官が私の前へ来た。どうも此処では一番英語が達者なよう
で、駆り出されてきた模様だ。ただ車か歩きかを訊かれただけで、ON FOOT だと
答えると奥の机へ行きパソコンを操作し始めた。
 えーっパソコンで調べないといけないのか、増々訳が分からなくなってきた。
本当に此処は大東夜市の近くなのか。それとも大東夜市そのものが大いなる虚構
で、実際はそんなものは存在せず、初めて聞く名に慌てて調べてくれているのだ
ろうか。そんな馬鹿なことはないだろうと思いつつも次第に不安が増してくるの
を感じないわけにはいかなかった。
 気が付けば派出所内なにやら異様な雰囲気になっていて、パソコンに向かって
いる若い警官以外は皆立ち上がってことの成り行きを注視している。その数も他
室から来たのか増えているように思える。これは事件なのか、もう訳判らん。
 この時カウンター挟んで私の向いに立っていた警官から「何処に泊まっている
のか」と質問が入った。調べるというより空気の重苦しさに耐えかねて口を開い
たという感じだった。メモ帳を出して書きつけてあるはむ家の処を開くと3人ほ
どで覗き込んだが、更なる質問はなかった。
 と、今度は件のパソコンを脇から覗いていたやや年長の警官がやって来た。40
歳前後か、肩書は判らないが、この中では最上位者と思える。あまり上手くはな
いが英語で「少し距離があるから車で送ってあげよう」と言う。
 どうやら大東夜市は幻ではなく実在していた模様。疑っていた訳ではないが、
少しは安堵の気持ちあった。
 そして送ってくれるとはいかにも台湾らしいホスピタリティ溢れる思いやりで
心暖まるものも感じる。しかしこれは私にとってちょっと困ったことでもある。
 私は若い頃から自力で目的地に到達するのを自らに課していて、車による送迎
は望む処ではないのだ。楽をするより自分の足で歩いて、町並みや自然豊かな風
景眺めながら行く方がよっぽどいいので、日本旅する時も宿の送迎など大抵遠慮
してきた。
 今回好意は嬉しいが、此れまでに倣えば辞退するしかない。しかし何時もの事
ではあるが好意無にするのは心苦しくもある。それと送ってくれるのはパトカー
だろうか。とすると台湾でパトカーに乗るという普通出来ないことが体験出来る
し話のタネにもなりそうだ。
 ということで少し心は動いたが、やはり自らのポリシーに殉じ自力で行く道を
選び I want walk. I like walking. と並べて辞退の旨を示した。もちろん謝意
とお詫びも付け加えている。
 ほどなくさっきの若い警官がパソコンから打ち出した地図を持ってきて経路を
説明してくれる。ようやくこれで先へ進めるか。確かにやや距離があり、思った
以上に南へ来てしまっていたようだ。
 感謝の言葉残し退去。渡された地図を手に大東夜市へ向かったが、どうにも釈
然としないものがある。あの文化派出所の一連の対応はなんだったんだろう。言
葉の通じぬ外国人に道を教える術を持たず、混乱きたしたということか。それに
しても不思議な体験をした。この旅最大の謎になるかもしれない。

 
              文化派出所でもらった地図

 さてようやく大東夜市に辿り着いた。普段は何に使っているのか知らないが、
広い敷地に何百という屋台が並び壮観である。人も多く犇めき合って移動してい
る。
 屋台は飲食系だけでなく玩具、雑貨、衣類の物販、そしてアミューズメント系
の店も数多く並んでいる。遊戯としては日本でもお馴染みの輪投げ、スマートボ
ール、射的、金魚すくいがあり更にビンゴ、2人麻雀等もある。占いもあった。
何もしなかったが人がやるのを見ているだけでも結構楽しめる。
 人波に乗り2廻りほどした後、あそこがいいかと飲食スペースを設けている屋
台に入り鴨肉飯とスープで腹ごしらえ。合わせて70元だったか。
 食後更にぐるぐる歩き回って、夜市の雰囲気十分に楽しみ、ジューススタンド
でレモン飲料を購入して喉を潤し帰館の途に就く。夜も更けて、バスはないから
歩きかタクシーだが、当然の如く歩いて帰る方を選択。治安のいい台湾とは言え
夜道を1人行くのには少々の不安もあったが、車は走っているし、歩行者も皆無
ではないだろうからまず大丈夫と判断した。
 大東夜市の傍を走る林森路歩いて大同路へ出、後は往きと同じ途を辿ってはむ
家へ。フアミマ寄って気に入った18天台湾生啤酒とおつまみ買い、日付変わった
零時半頃の帰館だった。
 表は施錠されていて、リビングも真っ暗。館内ひっそりとしている。柳井氏ほ
か何人かは泊まっているはずだが、もう寝に就いている模様だ。シャワー浴びて
1人リビングでビール飲む。昨夜とは様変わりの寂しさだが、これもまたよし。
 台湾3日目静かに過ぎてゆく。


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