由布市湯布院公民館図書室

                                            漂着日   2008年3月

   由布院駅頭は明るい喧騒に包まれていた。
 弾ける笑顔、弾む声。浮世の憂さや苦労は家に置き、楽しいことだけを貪り尽くそう
という観行客の熱気が渦巻いている。
 由布院も今や九州きっての人気スポット。私が初めて九州を旅した70年代は未だそれ
ほど知られた存在ではなく、この辺りでは当時の小京都ブームに乗った日田の方が持て
囃されていた記憶があるのだが。
 それにしてもすごい人だ。アートホールと呼ばれるギャラリー併設の広い待合室から
改札口、駅前に至るまで人で満ちている。さすがに満員電車並みと迄は言えないが、気
をつけて歩かないとすぐ人と接触してしまう。さながら夏の軽井沢ではないか。流れる
空気も完全にリゾートのものである。
 由布院駅に降り立つのは7年振りなのだが、前回、そして今回もリゾート気分に浸ろ
うとか温泉楽しむために来たのではない。駅からひたすら30分程歩いた由布院の街外れ
にユースホステル(YH)というホテル、旅館よりはカジュアルで、ビジネスホテルよ
りはフレンドリーな宿泊施設があるので、其処へ泊まるためにやってきたもの。
 私は遠い昔の70年代から日本各地のYH泊まり歩いて旅してきた人間なので、今でも
YHには親しみ持ち、利用している。
 ただ嘗て多い時には10泊の旅で7、8泊はYH使ったものだが、今では精々2、3泊
といった処だろうか。数泊の旅ならゼロということも間々ある。70年代に全盛誇ったY
Hの衰退甚だしく、600 以上あった施設も半分以下に減っているのと、長年の経験と情
報から泊まる、避けるを峻別しているからで、近年は直ぐ近くにYHがあっても旅館、
ビジネスホテル泊まり選ぶことも珍しくはなくなった。
 因みに由布院のYHは文句無しにOKの方である。
 
 そしてこれはもうこの後載せるページが無いかもしれないのでここで書いておくのだ
が、翌日泊まった国東半島の付け根にある杵築は美しい城下町だった。
 旧藩時代3万2千石とかで規模はそれほどでもないが、北台、南台という向かい合っ
た2つの丘に分かれて建つ武家屋敷群はまとまりよく、白壁、石畳、黒瓦屋根と風情あ
ふれる佇まい見せている。そして何より綺麗。これほど見目麗しい城下町はこれまで見
たことが無い。
 私はこれでも日本全国歩き回り、名立たる旧城下町あるいは小京都などもあらかた訪
ねてきた。弘前、角館、高山、奈良今井町、松江、高梁、尾道、竹原、萩、津和野、大
洲、安芸、中村、日田、秋月などの名が挙がり、それぞれに趣ある町だったが、規模は
ともかくまとまりと美しさでは杵築が勝っている。
 ただこの綺麗さは近年大々的に化粧直しされた証しでもあり、嘗て行った町が同じよ
うに手を入れていた場合、印象、評価が変わってくることもあるだろうが。
 それでも現状ではこう言いたい。
 「杵築を見ずして城下町を語るなかれ」と。

 北台から城山そして南台と夕暮れの杵築を歩き回る。宿には「6時前に帰る」と言っ
て出てきたのだが、次々と見処現れ時間過ぎてもなかなか引き返せない。
 南台彷徨っているとカトリックの教会に遭遇したが、これがまたいい。武家屋敷跡に
建てたのだろうか、白壁に包まれてすっくと立つ様に思わず見入ってしまった。和と洋、
ある意味ミスマッチなのだが違和感はなく不思議な魅力醸し出している。

    ―― このHPは画像を使わず文章のみで構成しているのだが
          杵築カトリック教会の写真は1枚下に載せておこう――

 昏くなる彷徨ったが、すっかり杵築に魅了された。1度行く値打ちはある城下町だと
太鼓判を押し、奨めておきたい。

        


 さて図書館である。
 駅前の風景眺め渡した後確認すれば時刻は3時半過ぎ。宿に行くにはまだ早いし、立
ち寄り湯していくなどは更々考えない。当然のように図書館へ寄って行こうという結論
になる。ただ出発時、此処へ来るかどうか決めてなかったので、図書館も何も全く調べ
ていない。
 そこで由布院駅構内の観光案内所へ赴き、教えてもらうことにした。

 「図書館は何処でしょう?」という私の問いに、案内所のお姉さんは少し考え、こう
答えた。「図書館はありますが、電車で30分掛かります」と。
 これは意外だった。これだけの町だから由布院駅からそう遠くない所に湯布院町立の
図書館があるものと思っていた。それにしても電車使って30分とは何処へ行くんだ。
 もう少し詳しく訊いたのと、後で私が調べた処を記せば次のようになる。

 現在この辺りは由布市という自治体になっている。由布院町と湯平村が合併して湯布
院町になったのが1955年。 ――町の名は湯布院になったが由布院駅や由布院温泉など
多くの施設、団体で由布院の名も残ったので以後「湯布院」と「由布院」という2つの
表記が併存することになった。使い分けにはちょっと頭痛める処だが、私は旧町名、行
政に関することは「湯布院」その他は概ね「由布院」を使っている。―― 
 そして湯布院町、挾間町、庄内町の3町が合併して2005年に由布市が誕生したが、30
分先の図書館とはどうも旧挾間町立図書館のことらしい。合併後其処が由布市立図書館
と名を改め由布市民3万5千人の中央図書館の役を果たしているという。由布院と挾間
は間に旧庄内町を置きざっと二十数km離れているとかで、そりゃあ30分かかるわなと
納得するしかない。
 
 では、旧湯布院町域に図書館はないのですかと尋ねると答はきっぱり「ありません」
 ただし公民館図書室ならあるという。
 挾間という余り知られていない町にちゃんとした図書館があり、日本全国から人を集
め、豊かさ具現化しているかの湯布院に図書室しかない。なんとも腑に落ちないが、世
の中そんなものかもしれないな。
 後で調べた処では旧挾間町は隣接する県都大分市のベッドタウンとして近年は人口も
増え、勢いがあったという。人口も合併前で挟間約1万5千人、湯布院1万1千人余り
と挟間が上回り、知名度からなんとなく湯布院の方が大きい町だろうと思い込んでいた
のは間違いだった。
 しかし、それで湯布院に図書館が無いことに納得出来た訳ではない。

 教えてもらった公民館は駅からすぐ。徒歩2分でお釣りがくる位の所にある。隣には
由布院小学校があり、校庭見下ろしながら玄関へ通じるスロープを登っていく。
 校庭では6年生だろうなと思われる女の子たちがソフトボールのプレー中だったが、
ピッチャーの子を始めとしてスラリとした長身の子が多い。
 それを見て思わずニヤリとしたのは、決して淫らな妄想浮かべたからではなく、昨日
目にした光景が甦って来たからである。

 昨日は大口(鹿児島県)から八代(熊本県)まで移動したが、水俣ー八代間は肥薩お
れんじ鉄道という第三セクターのローカル鉄道を利用した。これはなんのことはない以
前の鹿児島本線で、九州新幹線の開業と共に八代ー川内間がJR九州から切り離され、
細々と生きていくことを余儀なくされている。こういった第三セクターは何処も経営難
というが、此処も同様で移管4年にして既に存続の危機に晒され、新幹線開通の負の側
面見せている。
 その車中、何処かは覚えてないが途中駅から制服姿の女子高生達が乗り込んできた。
総勢6人だったが、全員そっくりな体型をしている。身長150cm 前後、やや太め。こ
う書くのもちょっと申し訳ない気もするが、ずんぐり体型である。1人2人なら目立た
ないが、6人も揃われるとついつい地域特性的なことを考えてしまう。
 女子高生達は八代の手前で降りていったが、同じ服装、同じ体型が一団となって動い
て行く様はちょっとした見もので、微笑ましくもあった。

 その光景と、今目の前でソフトボールに興じる由布院のスラリとした少女達重ね合わ
せ、その違いに思わず笑ってしまったのだが、これはやはり地域による差違だろう。
 今の日本は交通、通信も発達し、地域を越えた人の交わりも盛んだが、その流れは地
方から都会へと一方通行的であり、地方に新たな血が混入されることはまだまだ少なく、
土着の特性薄められることなく生き長らえているのだろう、というのが私の推測だが、
さて。

 さあ、やっと公民館へ到着した。
 入れば右手に事務室があり左側がロビーになっている。応接セットが置かれ、新聞何
紙かと少数の雑誌があり、壁際の低い書棚に本(100冊位だったかな)が並んでいる。
 一瞬此処が図書室かと思ったが、さすがにそうではなく、図書室は上の階にあった。
 新聞一紙読んでから階上へ。片側が吹き抜けになった廊下の突き当たりに図書室があ
った。ドアの前で履物を脱ぎ、スリッパに履き替えるようになっている。下駄箱に先客
の履物は見えず、無人の予感と共にドアを開けたが、やはり中には誰もいなかった。職
員の姿もなし。本を借りる時は下の事務室で手続きするのだろうか。
 
 それにしても狭い。小学校の教室1コ分と言う処か。それを児童と一般で分け合って
いる。当然書棚も少なければ本も少ない。この程度の量なら個人で持ってる人も少なか
らずいるだろう。席も児童スペースには数席あるが、一般サイドは通路の突き当たりに
椅子が1脚ポツンと置かれているだけ。4日前訪ねた佐賀有田町の図書室も小さなもの
だったが、くつろげるスペースといい、本の量といい、此処に比べれば極上施設だった
なあと思い出される。
 湯布院に図書館が無かったというのも驚きだが、公民館図書室としてもこの最低レベ
ルの貧弱さは衝撃以外の何物でもない。

 それにしてもと、再び口癖書いてしまったが、湯布院ではないか。九州随一の人気温
泉リゾートで全国から人を集め、経済的にも潤っているはずだ。更には30年以上前から
湯布院音楽祭、湯布院映画祭を開催するなど文化面でも力を入れ、町内には美術館も数
多くある。以前読んだ本では「文化を生み出す町」と持ち上げられてもいた。
 豊かで、文化を醸成しようとする意識も高い(と見られている)。なのに図書館はか
くも貧しい。図書館は文化ではないのだろうか。
 リゾートに相応しい町づくりに逸る余り予算が図書館まで回らなかったということも
ありそうだが、詰まる処は住民の意識の反映ということになるか。

 半ば呆然としながら図書室に立っていたら、ドアが開き、女の子が1人入ってきた。
4年生くらいだろうか。私をちらっと見て、書棚の向こう児童ゾーンへ行く。
 放課後の、子ども達が集まって来てもいい時間帯なのだが、後続はなし。

 棚も眺めていったが、この量では特色も何もあったものではない。大分県立図書館か
ら借りてる本が100冊 ほど置いてあるのは目に留まった。図書費も少ないのは目に見え
ているが、合併により増減どちらに振れたのだろうか。
 実は入り口に置いてあった図書館だより(A41枚に裏表印刷、由布市立図書館発行)
2007年12月号を見れば、此処と庄内公民館図書室は由布市立図書館の分館になり名前が
変わるという記事が載っていて、此処は既に湯布院図書館という名称であるらしい。
 これで図書館名乗るのは無理があるだろう、と誰しも思う処だが、図書館の分館だか
ら公民館図書室のままではおかしいという理屈なのだろうか。それとも管理体制が変わ
ったので、それをはっきり示したいということだろうか。
 実際の処は判らないが、私個人としては此処を図書館と呼ぶのは気が進まないので、
何も見なかったことにして、ページタイトルは湯布院公民館図書室のままで書かせてい
ただいた。

 書棚を回り込むと児童コーナーが見通せた。
 さっき入ってきた女の子が読書中である。小さな椅子にちょこんと座り、脇目も振ら
ず、といった感じで読み耽っている。
 「夕暮れ近い図書室で読書する少女」 
 絵になる光景であり、「いい眺めだなあ」と私の旅情も満たされる思いがする。
 ただ背景に目を遣れば侘しさも忍び寄ってくる。背景とはこの部屋の貧しい有様であ
り、湯布院の図書館取り巻く環境といったものである。
 この図書室にある児童書類など、この子なら1年も経たぬうちに読み尽くしてしまう
のではないか。この子が中学生せめて高校生でいる内に、今の十数倍の蔵書持つちゃん
とした図書館が開設されていればいいなと思うのだが、実現に至る道は整備されている
のだろうか。

 それにしてもと、また書くのだが図書館ぐらい合併前に作っておけよなあ。

 
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